非常識な読書のすすめ ☆この部分に頭をぶん殴られた気がして、生き方を見つめ直すきっかけとしました

 ★★★★★★★★★☆

 

非常識な読書のすすめ ―人生がガラッと変わる「本の読み方」30

 読了4冊目。

 読書に身が入らないので、何かの刺激になればと思って本書を購入してみた。

 これが大正解。
 読書に関してではなく、自分の「生き方の根本的な部分」を見直すきっかけとなった。

「以下引用」

 次に、好きな仕事をやろうという本がはやったときは、「好きな仕事が見つからない」「天職が見つからない」と言ってノイローゼになった一が、たくさん店にやって来ました。 みなさん、欲をさんざん煽られた挙げ句にうまくいかず、「チキショー! 何で思い通りにいかないんだ!」と、欲が怒りに変わった人たちなのです。
「夢を叶えるにはこういう方法でいきましょう」と、私たちはさんざん欲を煽られます。
 でも、気づかないうちに欲に支配されて、「成功が欲しい」「お金が欲しい」「地位が欲しい」「尊敬が欲しい」「すてきな彼女が欲しい」「カッコいい彼が欲しい」と、自分の「欲しい」ことだけで頭を便秘状態にしていると、欲でいっぱいの我利我利(がりがり)亡者に心を乗っ取られてしまいます。そして恐ろしいことに、人間関係がバラバラになっていくのです。

【『非常識な読書のすすめ』 清水克衛〈しみず・かつよし〉(2012、現代書林)】

 私には、大きな大きな野望、人生の目標がある。

 しかし、その野望は、果てしなく大きくて遠い。

 そして、お恥ずかしながら、野望とは別に、経済的な成功に対するどうしようもないほどの渇望が私の内部には巣くっていた(る)。

 恥を承知の上で告白するが、早い話、『金持ちになりたい!』って、心の底から思っていた(る)。

 で、血迷った私は、『自分で事業を興そう』という決心を胸に固めていた。
 何人かの友人、知人に大反対されたが、私は、反対されればされるほど燃え上がるタイプだ。

『風の中の昴~♪』

 近い将来、事業に大成功し、『カンブリア宮殿』『プロフェッショナル』『プロジェクトX』に出演している自分をクッキリハッキリと想像した私は、今現在勤めている病院への退職をどのタイミングで切り出そうか本気で思案し始めていた。

 そんな時、私は、上記引用部分を読んだ。

『コレって、完全に今のオレのことじゃね?』

『欲でいっぱいの我利我利(がりがり)亡者?』

『乗っ取られた上に、高速道路を逆走されてんじゃね?』

 私の心の中で、何か、一気に熱が冷めていった。

『オレが本当にやりたい事って何だ?』

『なんだかんだ言って、本当はもう既に諦めて土俵を降りてしまっているんじゃないのか?』

『命懸けで、一つの事を成し遂げて見せろよ!』

 私は、自分の生きる姿勢を見つめ直した。

 そして、自分の成し遂げるべき事のみを目指し、決して諦めることのない歩みを、今日よりまた、再び開始することにした。

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人生に関する72章

  ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 以前読んだ対談集がことのほか面白かったので、書店で「藤原正彦」という名前を見つけた瞬間に、ほとんど中も見ないままに購入した。

 うーん。何とか読了。

 題名にも騙された。まさか人生相談だったとは。

 これは買わなくても良かったかな。

【『人生に関する72章』 藤原正彦〈ふじわら・まさひこ〉(2009年、新潮文庫)】

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知的幸福の技術 自由な人生のための40の物語

  ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 一冊、読了しました。

 私の人生には今のところあまり参考にならないと思いました。(著者の方、すいません)

【『知的幸福の技術 自由な人生のための40の物語』 橘 玲〈たちばな・あきら〉(2009年、幻冬舎文庫)】

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人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ 桜井章一の超教育実践

  ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 私は、伝説の雀鬼、桜井章一のファンである。(麻雀は出来ないが)

 雀鬼の言葉は鋭くて強い。

 YouTubeにアップされている雀鬼の映像を御覧いただければ判ると思うが、桜井章一っていう人はマジで超すごい。

 そんな桜井章一の実像を、周囲の人間がどう見ているのか知りたくて本書を手に取った。

 うーん。

 立ち読みで良かったか。(著者には申し訳ないが正直な感想)

 まず、題名が大げさに感じられる。それほどこの本の著者が、桜井章一に陶酔しているということなのだろうが、文章の書き手が冷静さを欠いているような印象を強く受けた。

 一つ一つのエピソードも、著者、神山氏の思い入れの大きさが溢れている。あれも紹介したいこれも紹介したいという気持ちが強すぎて、言葉を綴るスピードが強引に速いと感じてしまう。結果、もう少し掘り下げるべき部分が、消化不良のままに飛ばされて過ぎていってしまう。(著者の方、悪意はありません)

 桜井章一の著作物をすべて読み尽くし、それでも「足りない」という人にはお勧めの一書である。

【『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ 桜井章一の超教育実践』 神山 典士〈こうやま・のりお〉(2009年、竹書房)】

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アフガン、たった一人の生還

マイキーは二〇〇五年の夏にアフガニスタン北東部の高山地帯で、おれと肩を並べて戦いながら死んだ。彼はおれが知る限り最も優秀な士官で、敵前で途方もない、ほとんど信じられないほどの勇気を示せる、強靱な精神をもつ戦士だった。
 その意見に間違いなく賛同してくれるであろう二人の人間はおれの仲間で、彼らもまたそこで戦い、命を落とした。それはダニーとアクス。二人のアメリカンヒーローである。戦場での勇気が美徳と見なされる戦闘部隊に高く屹立する二人の偉大な戦士。彼らの命は、シールの理念の中心部分の証明である。
「私はけっしてやめない。苦境を耐え抜き、それを糧にする。私の国が私に、敵より肉体的に強靱で、精神的により強くあることを求める。倒されたなら、毎回起き上がる。仲間を守り、使命を完遂するため、最後の一オンスまで力を出し切る。私はけっして戦いから逃げない」
 すでに言ったように、おれの名前はマーカスだ。おれはこの本を三人の仲間―マイキー、ダニー、アクスのために書いている。もしおれが書かなければ、この三人のアメリカ人が砲火の中で示した不撓不屈の勇気は、誰にも理解されずじまいになる。そうなれば、それこそが今回の悲劇の中でも最大の悲劇となる。

【『アフガン、たった一人の生還』 マーカス・ラトレル、パトリック・ロビンソン/高月園子(2009年、亜紀書房)】

  ★★★★★☆☆☆☆☆

 アメリカの特殊部隊・シールの一員として数々の戦場で軍事作戦に参加し、二〇〇六年にブッシュ大統領より、その英雄的戦闘行為に対して海軍十字章を授与されたマーカス・ラトレルが、小説家パトリック・ロビンソンと共同で著した一冊である。

 アメリカのテキサス州で生まれたマーカス・ラトレルの少年時代、軍隊に入隊するまでの経緯、シールの一員になるまでの地獄の訓練、実際に参加した軍事作戦の様子などについてが書かれている。

 危険な書であると私は思う。

  本書のある部分では、日本人で平和主義者の私でさえ、何か心をくすぐられるような感じを受けた。

 仲間に対する絶対的な信頼感、自分の信じた使命に命を懸けて立ち向かう姿勢、祖国を愛する誇り高さ、その部分部分だけを切り取ってみれば、非常にストイックでもあり魅力的に感じられる。
 軍人になること、戦争に参加すること、愛国心を持つということを、現代的な渇いた文体を駆使しながら、それが人間として気高い行為なのだという主張を、これでもかこれでもかと焚き付けるように訴えかけてくる。

 この一書によって、自分も将来軍隊に進もう、シールの一員になろうと短絡的に決意してしまうアメリカ人の少年が何人いるのだろうか。また、この書を読んで感銘を受けた父親が、自分の子供を軍隊に送り込むことを決意するといったケースもきっとあることだろう。

 人生経験を積んでいない幼い頃に、親や兄弟、周囲の環境から受ける影響は計り知れない。
 子供の頃に周囲の人間から受けた何気ない一言や、日常の些細に思える体験が、実は人格にさえ何らかの影響を及ぼしてしまうような、「特別な出来事」だったというものが、どんな人にも一つくらいはあるのではないだろうか。

 私にとってのそれは、ブルース・リーの映画との遭遇であり、空手という武道との出会いだった。これは、あまりにも悲しい上に非常につまらない物語であるため詳しくは書かない。
 

 私が人格を形成する幼き頃に出会ったものが娯楽映画ではなく、熱狂的で偏った愛国心を煽る「教育」や「書物」であったなら、と想像しただけで背筋に冷たいものが走る。
 自分の国を守るという幻想に取り憑かれ、敵国人であるだけで何の罪もない「人間たち」を殺害するという、途方もない罪を犯す人生を私が絶対に歩まなかったという保証はどこにもないのだから。

 戦友との間にどんなに固い友情を育もうとも、不屈の闘志を燃やして信じた道を前に突き進んだとしても、自分の国をどんなに愛そうとも、そこに戦争を肯定するような意思がたとえ一欠片でも紛れ込んだ場合、それは、踏み外した人道を誤魔化すための都合の良い脚色に成り下がる。

 断っておくが私は別にこの書物の著者、マーカス・ラトレルという人物の生き様を否定しているのではない。それどころかここに書かれているのは、賛美すべき生き様でさえあると私は思う。

 しかし、

 この世界には、正しい戦争などというものは絶対に存在しないのだ。

 この世界には、どんな理由があろうとも、奪ってもよい人間の生命などというものは絶対に存在しないのだ。

 たとえどんな人物のものであろうと、人間の生命を軽視した瞬間に、「正義」は完全に跡形もなく失われるのだ。

 この本を読む限り、著書であるマーカス・ラトレルは、自分の犯した罪の重大さにはまったく気が付いていないようだが、私は断言する。
 どんな教育を施されようとも、どんな環境で育てられようとも、どんなに生き様が讃えられようとも、人間の生命を奪ったという行為は絶対に許されない大罪である。

 読み終わった後、この本に出会ったのがある程度年齢がいってからのことで良かった、と胸を撫で下ろしたことを私は正直に告白しておく。
 それぐらい、この書に綴られている愛国心は、アメリカ合衆国を完全な正義だと規定した場合は非常に強力に魅力的である。そう、まるでハリウッド映画、ランボーのように。

 歪んだ愛国心の恐ろしさを知りたいという人にだけお勧めの一冊である。

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達人に訊け!

 ★★★★★★★★☆☆

 これは、ビートたけしの対談集です。
 対談相手は色々な分野(虫、宇宙、麻雀、字幕、数学、日本語、寄生虫、香り、競馬、金型プレス)の達人たちで、他ではちょっと聞けないような話がてんこ盛りであります。

  文句なしで面白いです。

 知的好奇心の塊のようなビートたけしは非常に博識で、どんな分野の達人とでもかなり専門的な話のやりとりができてしまいます。

『以下引用』

たけし おいら、最近、数学に目覚めちゃって、またちょっと勉強してみようかなと思っているんですよ。でも、この前まで夢中だったピアノはあきらめました。ピアノは、子供のときに触っていないと、そのハンディは一生残る。数学もピアノみたいに、子供の頃からやっていたほうがいいんですか。
藤原 いや、そんなことないですね。数学は英才教育をする必要はないです。あんまりやるとダメですよ。例えば赤ん坊を私に一人任せてくれれば、五歳までに微分・積分の計算ぐらい簡単にさせますよ。
たけし えーっ。
藤原 そのことと、後になって数学の能力が伸びるかどうかは全然関係ないですから。先走ったことをするより、例えば幼稚園のときは砂場でトンネルをつくり水を流して遊んだり、友達とつかみ合いの喧嘩をしたりしたほうがいい。片よらず普通の生活をしていたほうが情緒が育つように思います。情緒力がないと才能のブレークスルーって起きないんですよ。だから、数学の大天才で、三十年ぐらい前に亡くなった岡潔先生は、文化勲章をもらったとき、天皇陛下から「数学の研究ってどうやってするんですか」と聞かれて、岡先生は「情緒でいたします」と答えられたんです。陛下は、「あっ、そう」とおっしゃったらしいですが(笑)。
たけし いい話だな(笑)。
藤原 その後で、新聞記者が「先生がおっしゃった”情緒”ってどういうものですか」って質問したら、「野に咲く一輪のスミレを美しいと思う心です」と。多分、新聞記者は答えの意味がわからなかったと思う(笑)。しかし、数学者なら岡先生のおっしゃりたいことがよくわかる。野に咲く一輪のスミレの美しさに感激して、それに愛情を持つ。その気持ちが数学の研究と同じだって言うんですね。

【『達人に訊け!』 ビートたけし(新潮文庫、2009年)】

 つい先日、夕陽の美しさに心を奪われた話を書いたばかりだったので、この部分を読んで少し感じるものがありました。同時に、嗚呼、数学者を目指さなくて良かった、と胸を撫で下ろしました。

 まあ、数学者を目指しても、その道の入り口にもたどり着けなかったと思いますが。

 野に咲く一輪の花を見て美しいと思う心が、数学の研究には必要不可欠であるという事実は、門外漢の私にも非常に興味深いです。

 野に咲く一輪の花を見て、それを美しいと感じるか感じないかなんて、本来は、非常に小さな精神内面の差でしかありません。普通に生活を営む上では、その差異による影響はあまり現れてこないことでしょう。

 しかし、一流の数学者は、数学の研究をその心で行うと断言しているのです。しかも天皇陛下の前で。

 一流数学者が断言したほどの「情緒」というキーワードが、私たち各々の人生に大きな影響を与えないわけはないと私は思います。

 それはどんな差となって現れてくるのでしょうか。それは具体的な数値や現象で、「これです」、と指し示すことはできない種類のものなのかも知れません。でも人生の豊かさには歴然とした差が現れると思います。

 一輪の花を見て美しいと思う心、それは慈しむ心なんじゃないでしょうか。慈しむ心とは、愛情を持って大事に思う心です。

 それって、心の温かさだと私は思うのです。別に花なんて美しいと感じたことは無いけれど、心は温かいっていう人もたくさんいます。(念のため)

 でも、心の温かい人はやがて必ず、何気ない一輪の花を見て「美しい」と感じる時が訪れると思います。(多分)

『心温かきは万能なり by伝説の雀鬼 桜井章一』でございます。

 私はよく空を眺めます。その度に、心からこの世界の美しさを感じます。
 職場で手を洗いながら見上げた空の美しさに、思わず感動して涙腺が緩み、慌てて周囲を見回して人がいないことを確認したことも数度。

 何もない空を見上げながら半泣きしている三十代後半の男なんて、知らない人からすればきっと、おかしな奴にしか見えないでしょうから。これが絶世の美青年であればまた別でありましょうが。

悔しいです!(ザブングル風)

 空はどの一瞬を切り取って見ても素晴らしいです。

 言葉では表しようのないほどに澄みきっていて濃い青、鮮やかにそれでいて控えめに浮かぶ白い月、次々と表情を変えていく立体的な雲の群れ、沈んでいく夕陽の赤と迫り来る闇の絶妙なコントラスト、果てしなく遠い暗闇にきらめく星たち。

 そんな美しい空を見上げた後、私はいつも穏やかな自分の心を感じられます。私が人生の素晴らしさを感じる一瞬でもあります。

 あなたが美しさを感じるものは何ですか? 女の人? 

 それはまた別の問題も含んでいますね。(確実に多分!)

 もし無ければほんの少し手や足を休め、空を見上げて何も考えずに暫く眺めてみてはどうでしょうか。この世界の美しさは私が保証しますから。

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俺ひとり ひと足早い遺書

 ★★★★★☆☆☆☆☆

 白川道はいわゆる破滅型の人生を歩む小説家である。

 大学卒業後、大企業に勤めるが四年半でドロップアウト。以来、四十年、会社を興しては潰し、その間、放蕩の限りを尽くしたそうだ。

 小説家になってからも、飲む打つ買う、の三拍子にうつつを抜かしているために著作数は、本人があきれるほどに少ないらしい。博打で作った借金は数千万にも及ぶという。

 この本は、そんなアウトロータイプの作家、白川道のエッセイ集である。

 一つのエッセイが長くても四千字程度、引用しようと思うと、まるまる一本をそのままという形になってしまわざるを得ないため、今回は引用を諦めることにした。

 読んだ感想はと聞かれれば非常に困る。

 何かためになるという訳でも、特に刺激的なことが書かれている訳でもない。また、一つ一つのエッセイが短すぎるため少し踏み込みが浅く、どこか物足りない感じを受けてしまうが、

 私は好きである。

 

 団鬼六のエッセイに似ている雰囲気を感じる。何とも言えない「味」があるのだ。

 心がギスギスしてしまった時、一服の清涼剤として、特に男性にはお勧めの一書である。
 

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ケンカ番長放浪記 世界のマフィアを相手にして

  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 何とか読了しました。

【『ケンカ番長放浪記 世界のマフィアを相手にして』 安部 英樹〈あべ・ひでき〉 (講談社+α文庫、2009年)】

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考えないヒント アイデアはこうして生まれる

 ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 読了しました。

【『考えないヒント アイデアはこうして生まれる』 小山薫堂 〈こやま・くんどう〉(幻冬舎新書、2006年)】

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奇跡のリンゴ

  ★★★★★★★★★☆

 絶対不可能と言われていた無農薬・無肥料によるリンゴ栽培を成し遂げた、青森県のリンゴ農家、木村秋則氏の奮闘を描いた「奇跡のリンゴ」を読んだ。

 
 現在、我々が普通に食べているリンゴは、農薬が開発されてから品種改良が重ねられたもので、遠い祖先であるコーカサス山脈の野生種とはかけ離れた農作物になっている。果実の大きさと甘さを得た現代のリンゴは、農薬の助けが無くては病害虫と戦うことのできない、極めて弱い植物となってしまっているらしい。

 
 ある意味、リンゴは、農薬に深く依存した現代農業の象徴的存在であるとまで言われている。農薬を使わずにリンゴを栽培するなどと言えば、リンゴを作っている農家なら誰でも、「世迷いごと以外の何ものでも無い」と相手にさえしないという。

 
 木村秋則氏も最初は、他の農家と同じように農薬を使用していた。しかし、妻の美千子が、散布の度に一週間も寝込んでしまうほど農薬に過敏な体質だったことを一つのきっかけとし、誰も成し遂げたこと無いリンゴの無農薬栽培に挑戦していくことになる。

 
 「以下引用」

 すべてのリンゴ畑を無農薬にしてから三年が過ぎ、四年目になっても、リンゴも花はまったく咲く気配を見せなかった。
 貯えは底をつき、義父の郵便局の退職金も使い果たした。木村には小学四年生の長女を筆頭に三人の娘がいた。妻の両親とあわせて、一家七人が貧乏のどん底にいた。
 自慢のイギリス製のトラクターはもちろん、自家用車も、リンゴの輸送用に使っていた二トントラックも売った。税金の滞納が続いて、リンゴの木に赤紙が貼られたことも一度や二度ではなかった。そのたびに必死で金をかき集めて、競売をなんとか取り下げてもらった。銀行に金を借り、それでも足りなくなって消費者金融にも手を出し、実家の両親だけでなく、親戚からも借金をした。
 電話はとっくの昔に通じなくなっていたし、どうしても必要な電気や水道代を払うために金策をしなければならないほどだった。健康保険料が払えなくて、健康保険証も取り上げられてた。子供のPTA会費も払えなかったのだ。娘たちの服も、学用品すらまともに買ってやれなかった。

【『奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録』 石川拓治〈いしかわ たくじ〉 (幻冬舎、2008年)】

 最初は心配してくれていたたくさんの友人も、「いい加減に目を覚ませ」と厳しい口調で忠告に来た。「あいつは頭がおかしくなった」、「バカがうつるから近づくな」と、陰口を叩かれるようになった。
 一つの目標にとりつかれた真剣な男を、自分は傷つかない場所から見下ろす傲慢な人間が訳知り顔で批判する。自分は夢すら持っていないのにも関わらず、安穏なだけの人生を歩むことが人間の生きる目標だとうそぶくのだ。

 それでも応援してくれる友人はいなかったのだろうか? もし自分が木村氏の友人であったなら、友のためにエールを送り続けることができただろうか?

 六年が過ぎて夢が潰えたことを感じた木村氏は、一つの決意を実行に移すためにロープを携え岩木山に登った。誰にも見つからないところまで登って、そこで死ぬために。

 この時の、木村氏の心中を想像すると何か胸騒ぎさえ感じる。暗く寂しい山道を思い浮かべると、怒りに似たような悲しみが迫ってくる。

 木村氏は、一体どんな思いで山道を登って行ったのだろうか?

 
 決して自殺は肯定できないが、安易な批判も避けなければならないと私は思う。自死を決意したことのある人間の方が、実はそんな事はほんの少しも考えた事のない人間より真剣に自分の人生と向き合っているのかも知れない。

 自分の生命を絶とうとしたまさにその場所で、木村氏は潰えてしまったと感じていた夢を逆転させる奇跡の光景を目にする。その光景を、どん底の木村氏が目の当たりにした時の胸のすくような描写を、是非本書で読んで感動して頂きたい。

 
 木村氏は決意した自殺を忘れ去り、もう一度無農薬のリンゴ作りに没頭した。そこからの道のりも決して平坦ではなかった。木村氏は無農薬栽培にチャレンジして九年目に、ピンポン球ほどの大きさのリンゴを収穫することができた。

 木村氏が無農薬でリンゴを作り上げた姿勢を、私も見習わなければならない。
 掲げた目標は遠過ぎて、自分のいる場所からどれだけ離れているのかさえ判らない。
 

 でも決して諦めない。奇跡の果実を実らせるには、努力という養分が莫大に必要なのだ。

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