ジェノサイド

 ★★★★★★★★★★×3

 

ジェノサイド

 読了27冊目。

 書店で見かけた時、購入を少し思い悩んだ。「ジェノサイド」という言葉を、軽々しくフィクションの小説の題名に付けているという点が気に入らなかったからだ。読み終えた今も、その気持ちに変わりはない。が、小説は文句なしに面白かった。

 おそらくは徹底的な、「取材」「情報収集」によって構築された細部のリアリティーが、読者を問答無用で物語世界に引き込んでいく。自然な形で挿入された伏線を、無理なく回収して尚かつ感嘆させるストリー・テラーとしての力量に唸らされる。

 ジェノサイドの真実を知りたい方には、『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』を勇気を持って読む事を勧める。

「以下引用」

「第二次世界大戦中、近距離で敵兵と遭遇したアメリカ軍兵士が、どれくらいの割合で銃の引き金を引いたと思うかね?」
 茶飲み話で発せられた質問に、ルーベンスは深く考えることもなく答えた。「七割くらいですか?」
「違う。たったの二割だ」
 ルーベンスの顔に浮かんだ驚きと疑念を見て取って、心理学者は続けた。「残りの八割は、弾薬補給などの口実を見つけて殺人行為を忌避していたんだ。この数字は、日本軍の玉砕攻撃にさらされた場合でさえも変わらなかった。最前線の兵士たちは、自分が殺されるという恐怖よりも、敵を殺すストレスのほうを強く感じていたのさ」
「意外な話ですね。人間はもっと野蛮な生物かと思ってました」
 すると心理学者は、にやっと笑って、「まだ続きがあるんだ」と言った。「この調査結果に慌てたのは軍部だ。兵士が道徳的であってはまずいのだ。そこで発砲率を高めるべく心理学的研究が行われ、ベトナム戦争での発砲率は九十五パーセントにまで急上昇した」「軍部はどんなことをやったんです?」
「簡単なことさ。射撃訓練の的を丸型標的から人型標的に変え、本物の人間のように自動的に起き上がるようにした。さらに射撃の成績によって、軽い懲罰を科したり報酬を与えたりした」
「オペラント条件付けですか」
「そう。給餌機のレバーを押すようにネズミを仕向けるのと同じことだ。ところが―」と心理学者は、少しだけ顔を曇らせた。この「敵を見たら反射的に発砲する」ための訓練方法には、大きな欠陥があった。兵士の心理的障壁が取り除かれるのは発砲する時点までであり、敵を殺した後に生じる精神的外傷までは考慮されていなかったのである。結果、ベトナム戦争では、帰還兵の間に大量のPTSD患者を生み出すこととなった。
「しかし」と、ルーベンスは疑問を口にした。「人間がそこまで殺人行為を嫌悪しているのなら、どうしてこの世から戦争がなくならないんです? そもそもたった二割の発砲率で、どうしてアメリカは第二次世界大戦に勝てたんです?」
「まず、人を殺してもまったく精神的打撃を受けない″生まれついての殺人者″が男性兵士の二パーセントを占める。精神病質者だ。だが彼らの大半は、一般社会に戻れば普通の市民生活を送る。戦時においてのみ、後悔も自責の念も持たずに殺人を行うことのできる″理想の兵士″なんだ」
「しかし、それがたったの二パーセントでは、戦争には勝てないでしょう?」
「残りの九十八パーセントを殺人者に仕立て上げるのも、実は簡単なことだと分かった。まずは権威者への服従や帰属集団への同一化などで、個としての主体性を奪う。それからもう一つ、殺す相手との距離を隔てるのが重要となる」
「距離?」
「ああ。この言葉は二つの概念から成る。心理的距離と、物理的距離だ」
 例えば敵が人種的に異なり、言語も宗教もイデオロギーも違うとなれば心理的距離は遠くなり、それだけ殺しやすくなる。そもそも平時からすでに他民族との心理的距離をとっている人間、つまり自らが所属する民族集団の優位性を信じ、他民族を劣等と感じている人間は、戦時においてはたやすく殺人者へと変貌する。普段の生活の中で周囲を見回せば、そんな人間の一人や二人はすぐにみつかるはずである。さらに戦う相手が倫理的にも劣った、鬼畜に等しい連中だと徹底的に教え込めば、正義のための殺戮が開始される。こうした洗脳教育は、あらゆる戦争で、あるいは平時にも、伝統的に行われてきた。敵国人にジャップやディンクなどといった蔑称をつけるのが、その第一歩である。
「物理的距離を保つためには」と心理学者は続けた。「兵器というテクノロジーが必要になる」

【『ジェノサイド』 高野和明〈たかの・かずあき〉(2011年、角川書店)】

 世界は暴力が牛耳っている。暴力の究極が軍事力であり核兵器だ。

 もはや、野蛮な人類が滅びてしまわないのは、奇跡的な偶然に過ぎないのかも知れない。

 我々、現生人類を示すホモ・サピエンスという言葉は、「考えるヒト」という意味らしいが、「最も野蛮な生物」という言葉に変えた方が数段しっくりとくる。あまりニュースでは報道されないが、ネットを渉猟しているとアメリカ軍の兵士たちが行っている残虐には本当に憤りを感じさせられる。

 地球上の生物を何度も絶滅させてしまうだけの核兵器を、我々「野蛮な生物」は保有しているのだ。「考えるヒト」であるのならば、そんな状況には決して自らを追い込まなかった筈だ。

 ジェノサイドは、人類だけが行う。

 この小説の十年後、二十年後の物語を、是非とも読んでみたい。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人間失格

 ★★★☆☆☆☆☆☆☆

 

人間失格 (集英社文庫)

 読了22冊目。

 太宰治である。

 うーん。どうにかこうにか何とか読み終えた。いや、読み終えたと言うよりは、文字を目で追い終えたと言うべきか……。

 辛かった。

 どこが良いのか知りたい、と願いながら読んだ(目で文字を追い終えた)。

 判らなかった。

 それも、さっぱり。

 勉強不足なのだろうか……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新宿スペースインベーダー ~昭和少年凸凹伝~

 ★★★★★★★☆☆☆

 

新宿スペースインベーダー 昭和少年凸凹伝

 読了21冊目。

 玉袋筋太郎が自らの少年時代を綴った小説、『新宿スペースインベーダー』を読んだ。

 この人、昭和42年の生まれだから、私より五つ年上という事になる。

「以下引用」

『かけがえのない、あの頃の思い出に落とし前をつけたい……』
 序章に出てくる瓦礫の山になってしまった小学校の校庭に潜り込んで朝日を浴びた時にフッと心に浮かんだ気持ちだった。
「落とし前」とは物騒な言葉だけども、実際に日本一物騒な街・新宿で育ったオレ達の揉め事だらけの思い出を振り返るにはもってこいの言葉だ。

 それと、もう一つ。
 この街で生まれ育ち、大人になってたくさんの人間と出会った。オレは大人になってもこの物語に出てくる凸凹な仲間達と同じような人間関係を求めてしまう悪い癖がある。

 損得じゃない仲間
 仲間のためを思う仲間
 裏切らない仲間
 いい時だけの付き合いじゃない仲間

 でも、実際に大人になるとそういう人間関係って少ないんだよな。悲しいけれどそれが現実。そんな現実にぶつかると、あの頃の仲間達との思い出が一層オレの心の中で輝きを増してくる。
 オレの心の中で起こる「思い出」と「現実」のふたつの衝突。この揉め事に落とし前をつける意味での「落とし前」だ。

【『新宿スペースインベーダー』 玉袋筋太郎〈たまぶくろ・すじたろう〉(2011年、武田ランダムハウスジャパン)】

 親友がこんな私にもいる。

 数は少ないが……。

 親友とはぶつかり合ってきた。親友であろうと思う相手には、私は本音を一切隠さないから。

 もし親友が、生きる事・戦う事に対して弱気になっていたりすれば、私はありったけの力を込めてその頬を張る。

 逆に、私が頬をぶちのめされた事だってある。

 友情って、時に居心地が悪い事もあるけど、その居心地の悪さがあるかないかという所に、本物と紛い物の違いがあると思う。

 まあ、それは私のように欠点だらけで、失敗ばかりしている人間に限ってなのかも知れないが……。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

わたしを離さないで

 ★★★★★☆☆☆☆☆  

 わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 読了20冊目。

 カズオ・イシグロの小説、『わたしを離さないで』を読んだ。

 カズオ・イシグロをNHKの番組で知った私は、アマゾンのレビューに少し目を通した後、近所の書店に車を走らせて本書を買い求めた。

「以下引用」

 ずいぶん昔のことで、多少は記憶違いもあるかもしれません。でも、当時のわたしは、成長のある段階に差しかかっていたのだと思います。困難と見れば挑戦せずにいられない。あの日の午後のことも、あの時期特有のそうした衝動的行動ではなかったでしょうか。その証拠に、数日後、トミーに呼びとめられたときは、起こったこと自体をもう忘れかけていました。

【『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ〈土屋政雄訳〉(2008年、ハヤカワepi文庫)】

 アマゾンのレビューでは、ものすごい高評価が数多くアップされていたが、私にはこの小説のどこが良いのかさっぱりと判らなかった。
 読み終えてから、もう一度、アマゾンのレビューに飛んでみたが、やはり全然判らない。

 人の好みの多様に、今さらながら驚かされた。

 その事が、非常に面白く感じられた。

 気が向いたら、映画も観てみようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鬼龍院花子の生涯

 ★★★★★★☆☆☆☆

 鬼龍院花子の生涯 (文春文庫)

 読了18冊目。

 大正時代、土佐高知の侠客・鬼龍院政五郎の娘として生まれた花子の生涯を描いた、宮尾登美子の小説、『鬼龍院花子の生涯』を読んだ。

「以下引用」

「眼鏡?」

 とのんびり聞き返し、のろのろと立って床の天袋や地袋をガタピシさせるのを、毎日使うものをそんな奥に蔵うはずもない、と苛立った鬼政が、

「この阿呆、眼鏡がそんなところにあるか」

 と大声で喚き、その語尾がうわーっという不明瞭な音声となって天井から墢ね返って来るより早く、鬼政はのけぞってその場に倒れた。

 花子の悲鳴に家中駈け寄ったが皆動顛するばかり、熊が四つ橋の向こうの医者を引きずるようにして連れて来たものの、老先生はもはや打つ手なし、と首を振るばかりであった。それでも鬼政はまだ息をしており、異様な赤さに変色したその顔面を見守るつる母娘と、そして花子の不注意をきつくなじった加世につぎも侍い、子分衆も次々やって来て座敷にはたちまち人が溢れ、張りつめた空気が漲る。医者も枕許に座ったまま、一月の弱い陽差しはすぐに翳り、やがて灯りが入って大小鉢二つに熾した炭火も尉になり、夜はしんしんと更けてゆく。店の柱時計がゆるく一時を打ったのを聞いて松恵は便所に立ち、空を見上げると、凍った空にオリオン座が思いがけぬ近さに見え、その端の部分を黒い樟の大樹が風に揺れて掩ったり露わにしたりしているのであった。星を見ていると、松恵は何ともいえぬ不吉な感じに打たれ、思わず地面にひざまずいて、

「神様、お慈悲あればいま少しお父さんの命を長らえさせてやって下さい」

 と一心に祈った。

 あとで思えば、虐げられ続けた、親とも呼べぬ男の延命を、何故神に祈ったのか不思議な気がするけれど、そういう思考判断を超えて、もう一度あの横虐非道な往時の鬼政の姿に戻してやりたかったのではなかろうか。祈りの途中、松恵はふと、高い金属音に似た氷の割れる音を聞き、立って手水鉢を覗くと、そこには星かげこそ棲んでいても、まだ薄氷も張ってはいなかった。はっと胸を衝かれて座敷に戻ってみれば、歔欷(きょき)の声は部屋に満ち、鬼政はたったいま息を引き取ったばかりだという。松恵は呆然として、その赫顔がみるみる青ざめ、死に顔に変わってゆくのを見つめながら、ぴしりっ、と厳酷な、氷の裂ける音だけを残してあの世に旅立った六十八歳の鬼政を思った。

【『鬼龍院花子の生涯』 宮尾登美子〈みやお・とみこ〉(2011年、文春文庫)】

 鬼政が亡くなった時、虐げられてきた養女の松恵が祈りを神に捧げた理由が、何と無く私には判るような気がする。上手に説明は出来ないが。鬼政ほどではないかも知れないが、私の父親も若い頃は非常にエキセントリックな人物だった(ちなみに今現在も存命)。

 昔、歌手の松山千春が、テレビで「自分の父親が亡くなってから、初めて自分の人生が始まったような気がする」と言っていた記憶があるが、この鬼政が亡くなった時の松恵の心情を綴った文章を読んだ時、私はその事を思い出すと共に、何とも言いようのない感慨を覚えた。

 どんな人間も、どんな人生も、時の流れにいつしか過ぎ去っていく。

 鬼政の小説の登場人物としての魅力が、残念ながら少し弱いように私は感じられた。梁石日の小説『血と骨』の暴力オヤジ、金俊平の魅力には遠く及ばない。

 私の評価では星六つ。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

動物学科空手道部1年 高田トモ!

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 動物学科空手道部1年高田トモ! (双葉文庫)

 読了16冊目。

 このところ、読書も映画鑑賞も全然進んでいない。春眠暁を覚えず。

 このままのペースでは、当初の目標が達成出来なくなりそうだが、それも致し方あるまい。

 無理にノルマにこだわって、本や映画を材料とした思索や学びが中途半端になってしまっては本末転倒であるから、マイペースで進んで行く事にする。(決して目標を諦めた訳ではない)

 そう、私は何事にもこだわらない事にこだわる男である。

 本書、『動物学科空手道部1年 高田トモ!』は、題名に惹かれて中身も余り見ずに購入したが、完全なる期待はずれだった。

 どうにかこうにか読み終えたのは、私が同じ流派の空手愛好家だからだ。作者が若い女性である事とは一切関係ない。

 久しぶりのエントリーであるが、残念ながら引用する気にもならない。

 書かれている内容が、面白味の特にない日記の域を出ていない。
 兎に角、薄いのだ。空手の描写も、今ひとつ。

 私の評価では星ゼロ。

【『動物学科空手道部1年 高田トモ!』 片川優子〈かたかわ・ゆうこ〉(2011年、双葉文庫)】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3月30日

 ★★★★★★★★★★

 3月30日 (幻冬舎よしもと文庫)

 読了14冊目。

 私は千原ジュニアが大好きである。

 ツッコミの際の一言が、数いるお笑い芸人の中でも飛び抜けてハイレベルだと私は思う。

 会った事は無いが、何か人間的な魅力も感じる。お兄ちゃんの千原せいじも好きだ。

「以下引用」

 スタジオに入ると真っ白なセットの前で、カメラマンが写真撮影のセッティングをしていた。そのセットの横にある大きなソファに座ると、インタビュアーが名刺と雑誌を差し出しながら、「今日はよろしくお願いします」と言った。
 インタビューが始まった。
 インタビュアーは僕に気を遣いながら、すごく丁寧にいろんな質問をしてきた。その質問に、僕はできるだけ短い言葉を選んで答えた。

「自分がおもしろいと想うことだけをやる」
「僕の笑いが解らないなら観なくてもいい」
「おもしろいことと楽しいことは違う」
「おもしろいか、おもしろくないか、それだけ」
「明るく楽しくなんてできない」
「優しさを見せる必要なんてない」
「敵を作ったって、その敵に負けない自分を作ればいい」
「だから、むやみに笑顔を作ったり、手を振ったりしない」
「誰にも媚びたりしたくない」
「それが僕です」

インタビューは終了し、写真撮影のために、白いセットの前に立たされた。
 カメラマンがファインダーをのぞきながら、「もう少し笑顔でお願いします」と言った。
 僕は「できません」とつぶやいて、レンズをにらみつけた。

【『3月30日』 千原ジュニア〈ちはら・じゅにあ〉(2011年、幻冬舎よしもと文庫)】

 この文章を読む限り、千原ジュニアは不器用な人間だった。若かりし頃の私も又、こんなに尖ってはいなかったが不器用な男だった。ちなみに手先は今でも超不器用だ。

 今、テレビ番組に映る千原ジュニアは、とても器用で優しさに溢れているように見える。 不器用が故にした苦労が、この人をそんな風に成長させたのだろうか。この小説に登場してくるよしもとの芸人たちや、千原ジュニアの周囲にいる人々の温かさがこの人を変えたのだろうか。

 私は未だに高倉健のように不器用なオッサンだが、それでも数々の失敗を通して不器用さを武器にする方法は学んだ(つもり)。不器用であるが故に伝える事の出来る真心があるのだと言うか、何と言うか(勝手な思い込みかも……)。

 千原ジュニアが好きな人は、きっと心底から楽しんで読めると思う。好きでない人が楽しめるかどうか私には判らない(多分、楽しめると思う)。

 私の評価では星十個。

 この小説を読んだら、更に私は、千原ジュニアの事が好きになった。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

映画レビュー インデックス(随時更新) 書籍レビューインデックス ルワンダ大虐殺 夜と霧 ニーチェの言葉 鬼平犯科帳 13日間で「名文」を書けるようになる方法 それでも人生にイエスと言う アクション映画 アニメ映画 アラフォーのオッサン看護師がドラッガーの『マネジメント』を読んだら イギリス映画 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち 奇跡の教室 グルメ・クッキング ゲーテ コミック コメディ映画 ゴリマッチョに至るまでの経過 サスペンス映画 サントリーミュージアム スポーツ スリラー タイ映画 ドキュメンタリー映画 ニュース ノンジャンル・ゲロゲロ日記 ハーバードの人生を変える授業 ハーバード白熱教室 フランス映画 ロシア映画 仕事の事 伝言 傑作映画 傑作本 傑作漫画 動画 心と体 心に響く言葉 怒りについて 恋愛映画 挫折映画 挫折本 携帯・デジカメ 文化・芸術 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映画 書籍 エッセイ 書籍 ノンフィクション 書籍 フィクション 書籍 ミステリー 書籍 対談集 書籍 小説 書籍 教育 書籍 新書 書籍 映画原作 書籍 箴言集 書籍 SF 書籍・雑誌 東日本大震災 殴り書き 海外ドラマ 漫才 漫画 空手 筋力トレーニングの記録 経済・政治・国際 芸能・アイドル 覚え書き 言語表現法講義 論語 革命 韓国映画 音楽 香港映画 SF映画