ニーチェの言葉 11

 超訳 ニーチェの言葉

「以下引用」

よく考えるために

 きちんと考える人になりたいのであれば、最低でも次の三条件が必要になる。
 
人づきあいをすること。書物を読むこと。情熱を持つこと。
 
これらのうちのどの一つを欠いても、まともに考えることなどできないのだから。
    
                    『漂泊者とその影』

【『超訳 ニーチェの言葉』 フリードリヒ・ニーチェ〈白取春彦 編訳〉(2010年、ディスカバー)】

 人づきあい、読書、情熱、最低でもその三つがなければ、まともに考えることなどできない、とニーチェは言う。これは非常に厳しい言葉だ。
 三つのうちのどのピースが欠けても、不十分であっても、考えの無い人間になってしまうのだから。

 人づきあいと言っても、表面的な浅い付き合いではダメであろう。

 書物を読むと言っても、ただ単に文字を読みこなしたという程度ではダメであろう。

 情熱を持つと言っても、偽物の情熱や思い込みであってはダメであろう。

 考えを持つとは、自らの人生を主体的に生きるということに他ならない。
 
 

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ニーチェの言葉 9

   超訳 ニーチェの言葉

「以下引用」

 独創的になるためには

 まったく新しい突飛なものを見つける特殊な嗅覚を持つ少数の人が独創的なのではない。

 すでに古いとみなされたもの、誰でも知っているようなまったくありきたりのもの、多くの人が取るに足りないと思ってい安易に見過ごしてきたものを、まるでとても新しいものであるかのように見直す眼を持つ人が、独創的なのだ。

                    『様々な意見と箴言』

【『超訳 ニーチェの言葉』 フリードリヒ・ニーチェ〈白取春彦 編訳〉(2010年、ディスカバー)】

 独創的な発想は私には無い。認めよう。しかし、これからの人生の価値を高めていくためには、誰もが思いもしなかった角度から物事を見つめて解釈する眼を、是が非でも養わなければならないと思っている。

 今までの自分の物の捉え方は、悔しいが、平凡で面白味が無くて浅い。そのことを私は、日々の生活の中で、様々な人たちとの関わりの中で思い知らされている。自分自身の器の小ささが歯がゆい。

 器の大きな人物は、物を見る角度が少し人とは違うように思う。

 もちろん、独創的でさえあれば、それで無条件に素晴らしいという訳では無い。暗闇にしか見えない場所で誰も気が付かない光を見出すような、価値的で、独りよがりではない説得力のある独創でなければならない。

 常識や行動のすべてを、もう一度ゆっくりと吟味して疑おうと私は思う。見過ごしや思い込みを無くして、周囲の環境に対する感じ方や自身の振るまいを見直してみる。今日より、新たな気持ちに切り替え、違う捉え方、違う感じ方を心がけていく。

 日々、前進のために。

 日々、日々、前進のために。

  

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ニーチェの言葉 8

   超訳 ニーチェの言葉

「以下引用」

 自分の哲学を持つな

「哲学を持つ」と一般的に言う場合、ある固まった態度や見解を持つことを意味している。しかしそれは、自分を画一化するようなものだ。

 そんな哲学を持つより、そのつどの人生が語りかけてくるささやかな声に耳を傾けるほうがましだ。そのほうが物事や生活の本質がよく見えてくるからだ。
 それこそ、哲学するということにほかならない。

                 『人間的なあまりに人間的な』

【『超訳 ニーチェの言葉』 フリードリヒ・ニーチェ〈白取春彦 編訳〉(2010年、ディスカバー)】

  私も、今までの人生における経験で培った、自分なりの哲学を無意識のうちにいくつか持っていると思う。過去の体験から、新しく出会った人や出来事を、ある程度、判断したりしてしまう。

 しかし、この頃、そのような決めつけは決して正しくはない、と感じるようになった。

 それは、年齢が進んで、物事を少しは冷静に見つめる事が出来るようになったからなんじゃないかと自分では思っている。若い頃の私は本当に性急だった。性急であるが故に、直ぐに答えを欲しがって結論を急ごうとした。

 そして自分勝手に物事を傲慢に決めつけ、それが「自分なりの哲学を持つ」という事だと勘違いを起こしていた。私は、私という人間を自ら画一化していたのだ。そのことにニーチェの言葉によって気が付けたので、私は、今までの自分に心から謝りたい。

「私よ、どうもごめんなさい」

 自分勝手な判断をくだして態度や見解を持つ前に、ささやかな声に耳を傾ける努力をしていきたい。大切なのは本質をよく見ることだから。

 目を見開き、耳をかっぽじり、本質を見抜くために静かに物事を感じ取る習慣を、哲学を持つのではなく哲学をする習慣を、我がものにしたい。

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13日間で「名文」を書けるようになる方法 ⑦ ニーチェの言葉 7

      13日間で「名文」を書けるようになる方法            超訳 ニーチェの言葉

 本日は高橋先生の七日目の講義。

「以下引用」

 文章を「書く」ためには、というか、文章を「うまく」書けるようになるためには、文章というものがどんな風にできているのか「読む」ことが必要です。そして、文章を「読む」ためには、というか、文章がどんな風にできているのか、どんな意味がそこに隠されているのか、をほんとうによく知るためには、文章というものを、自分で「書く」必要があるのです。
「書く」と「読む」との関係は、ニワトリと卵の関係のようなものかもしれません。どちらかが、どちらに先行しているわけではないのです。

【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』 高橋源一郎〈たかはし・げんいちろう〉(2009年、朝日新聞出版)】

 読む時間も、書く時間も、私には圧倒的に不足している。もっと読まなければ、もっと書かなければ。人生は短い。もう37年も過ぎた。まだ私は何も成し遂げていない。

 ここまで書いた時、私の胸に「ニーチェの言葉」が突き刺さる。

「以下引用」

物事の完成まで待つ忍耐を持つ

 才能や技量に恵まれていても、物事を完成させることができない人がいる。彼は時間を信じて完成を待つことができない。自分が手をかけさえすれば、どんなことでも完成すると思っているのだ。そのため、いつも中途半端な結果で終わってしまう。

 仕事の遂行においても作品の制作においても、じっくりと取り組むことが肝心だ。性急に取り組むほど早く完成するというわけではないからだ。

 したがって、物事を完成させるには、才能や技量よりも、時間による熟成を信じながら絶えず歩んでいくという気質が決定的な役割を果たすのだ。

                         『漂泊者とその影』

【『超訳 ニーチェの言葉』 フリードリヒ・ニーチェ〈白取春彦 編訳〉(2010年、ディスカバー)】

 せっかちな性格の私は、いつもすぐに結果を求めてしまう。

 しかし、「時間による熟成」という事は、何となく判るような気がする。

 時間による熟成を信じ、じっくりと落ち着いて、「絶えず」歩み続けよう。

 焦らずに行きます。

 今回の課題は、「想像力で架空の国を創り上げ、その国を治めている「憲法」もしくは「憲法前文」を書く」。
 

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ニーチェの言葉 5

 超訳 ニーチェの言葉

「以下引用」

真理の論拠

 これが真理だということを、情熱の熱さで測るな。情熱がより大きいからといって、それが真理だという証拠にはならない。しかし、そのように感じる人は少ない。

 また、歴史が長いから、伝統がどこよりも長いからということもまた、真理が真理であることの論拠には決してならない。そのようなことを強く主張する人は、場合によっては歴史を偽造したりすることがあるから要注意だ。

                               『曙光』

【『超訳 ニーチェの言葉』 フリードリヒ・ニーチェ〈白取春彦 編訳〉(2010年、ディスカバー)】

 自分が訴える真実を人に認めさせたいがために、感情的になって訴えてしまう傾向が以前の私には過分にあった。しかし、最近の私は、客観的に見ても、そのような態度には出なくなったように思う。

 真理は情熱的に訴えなくても、十分に人に伝わるものだ。
  いや、やっぱりそんな事は無いか……。真理であろうと無かろうと、伝わる時は伝わるし、伝わらない時は伝わらない。情熱が相手の心を開くということもあるが、多くの場合は、情熱は説得力を増す方向には働かないように感じる。

 本当に情熱を持っているのと、情熱的な表現をするのとは違う。静かに持続するような本物の情熱もある。

 歴史や伝統を私は否定しないが、それだけを根拠に何かを訴えるような場合は、他に拠り所を見つけられないが故の欺瞞が多いのかも知れない。

 

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ニーチェの言葉 4

             超訳 ニーチェの言葉

 新しく何かを始めるコツ

 たとえば勉強でも交際でも仕事でも趣味でも読書でも、何か新しく事柄にたずさわる場合のコツは、最も広い愛を持って向き合うことだ。

 つまり、いやな面、気にくわない点、誤り、つまらない部分が目に入ったとしても、すぐに忘れてしまうように心がけ、とにかく全面的に受け入れ、全体の最後まで達するのをじっと見守るということだ。

 そうすることで、ようやく何がそこにあるのか、何がその事柄の心臓になっているのかがはっきりと見えてくるだろう。

 好き嫌いなどの感情や気分によって途中で決して投げ出さない。最後まで広い愛を持つ。これが、物事を本当に知ろうとするときのコツだ。

                  『人間的な、あまりに人間的な』

【『超訳 ニーチェの言葉』 フリードリヒ・ニーチェ〈白取春彦 編訳〉(2010年、ディスカバー)】

 実践していくのは難しそうだが、本質をついているような気がする。

 私の今の状況に、大きなヒントになる言葉だと感じる。

 ニーチェ、さすがに歴史に名を残すだけのことはある。

 この言葉も心にとどめておくことにする。

 ふとした瞬間に、心の中の言葉に助けられる事があるから。

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ニーチェの言葉3

               超訳 ニーチェの言葉

「以下引用」
 

 責める人はみずからをあらわにする

 誰かを責め立てる者、この人が悪いのだと強く言い張る者。その人はしかし、告発することで自分の性格を思わずあらわにすることが多い。

 第三者から見ると、汚く責め立てる者のほうこそ悪いのではないかと思えるくらいに低劣な性格をあらわにしてしまう。そのため、あまりにも激しく責める者こそ、周囲の人々から嫌われてしまうものだ。
                             『曙光』

【『超訳 ニーチェの言葉』 フリードリヒ・ニーチェ〈白取春彦 編訳〉(2010年、ディスカバー)】

 正しい事をいっているのにも関わらず、周囲の人たちからその意見を認めてもらえず、孤立した立場に追い込まれた経験が私には何度もある。

 どうして正しい事を言っている自分が非難されないといけないのか? と、その度に散々に悩み強く憤りを感じた。

 正しい意見でも、相手が絶対的に間違った事をしていても、この社会では決して責め立ててはいけないんだな、と私は自分の経験から学んだ。

 学んだが、愚か者の私は、その後も周囲にいる人との衝突は繰り返した。

 何度も他人との衝突を繰り返し、私は感情的になることの不利を骨身に染みて感じるようになった。

 兎に角、怒ると損だということ。怒れても、それを顕わにしてしまうと損だということ。間違っていることを責め立てても、相手は心を閉ざすばかりで、逆恨みをされるだけで後には何も残らない。

 事態は全く好転しない。

 それどころか周囲からも敬遠され、マイナスの影響しかもたらさない。

 では、どうすればいいか?

 これを私は、今、現実社会の中で探っている。

 とりあえず、誰かを責め立てるのは止めた。

 改善するための戦いは止めない。
 

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