日本一心を揺るがす新聞の社説

 ★★★★★★☆☆☆☆

 日本一心を揺るがす新聞の社説―それは朝日でも毎日でも読売でもなかった

 読了2冊目。

 確かに、所々にいい事が書いてある。いい事は書いてあるのだが、ただ、「日本一心を揺るがす」はちょっと大袈裟なように感じた。

「以下引用」

 若き日の明石さんにとって三船敏郎から学んだことはあまりにも大きかった。
 明石さんの口からよく出てくる言葉がある。「人間を極めろ!」「演技力は人間の魅力に勝てない」「頭で考えることは心で感じることに勝てない」

「人間を極めろ!」とは、「人間としてのプロになれ!」ということだ。役者である前に人間としてどうか。あいさつはちゃんとできるか。年上の人を敬っているか。思いやりの心で人と接しているか、人としての道理をわきまえているか。
「それが人としての基礎だ。基礎とは鉄骨である。鉄骨が入っていないと、いつか映画やテレビの世界から消える」と明石さん。

 黒沢監督が認めた数少ない俳優の一人に仲代達也がいる。
 彼がまだ19歳で、俳優座という劇団の研究生だった頃、『七人の侍』という映画の通行人の一人に抜擢された。通行人だから、ただ歩くだけ。時間にしてわずか3秒くらい。だが、仲代達也の歩くシーンに黒沢監督はなかなかOKを出さなかった。
 言われた通りに歩いているのに、「その歩き方はなんだ!」と何度も罵声が飛んだ。撮影は朝の9時からスタート。お昼になり、昼食を済ませて再び撮影開始。またもや罵声の連続。3秒間、ただ通行人として歩くだけなのに、OKが出たのは午後3時だった。

 俳優の卵とはいえ、仲代達也の自尊心はボロボロだった。このとき、彼は思ったそうだ。「絶対俺は黒沢監督が認める俳優になってやる。そして黒沢監督が出演依頼に来たら絶対断ってやる」

 7年後、仲代達也は俳優として名を上げていた。黒沢監督は、『用心棒』という映画で三船敏郎の相手役に仲代達也を選んだ。当然、仲代は断った。7年前の屈辱を忘れていなかった。
 見込んだ俳優を絶対に諦めないのも黒沢監督だ。何度も何度も説得した。仲代達也は7年前の屈辱を話した。それでも黒沢監督は言った。「お前じゃないとこの映画はできない」。「世界の黒沢」から認められた瞬間だった。あの屈辱が仲代達也を育てた。

 明石さんは俳優養成所で俳優の卵に言う。
「人間は失敗し、挫折するものだ。時には心底屈辱を味わうこともある。人はそんなとき、『もうやめよう』と思うものだ。いいか、自分を強くするツボを持っておけ。たとえば、過去の屈辱。それを思い出し、『コンチクショー』という気持ちから一歩前に進めたら必ず成功する」

 明石さんの話は映画界の話だったが、あらゆる仕事に通用する話だった。

「人間を極める」、いつも胸に刻んでいたい言葉と出会った。

【『日本一心を揺るがす新聞の社説 それは朝日でも毎日でも読売でもなかった』 みやざき中央新聞 編集長 水谷もりひと〈みずたに・もりひと〉(2010年、ごま書房新書)】

 ただ歩くだけの3秒に、黒沢明はどんなこだわりを持っていたのだろう。

 没シーンとOKシーンがあれば比べて観たい気がする。きっと違うんだろうね。私には違いが判らないかも知れないけど……。

 朝9時から午後3時まで、繰り返し罵声を浴びせられたら私ならどうするだろうか。たいしたことない無名の監督だったら多分ぶっ飛ばしちゃうだろうが、相手が「世界の黒沢明」だったら余裕で我慢出来ると思う。

 そして、それを別に屈辱とも思わない。『やっぱ、黒沢さんはスゲエ!』って、心底から感動しちゃうと思う。『いやはや恐れ入りました』と。

 それは38歳の私だからで、19歳の私だったとしたら、多分、相手が黒沢明でも蹴っ飛ばすくらいの事はしちゃうかも知れない。で、俳優は放り出して監督を目指す。ま、目指そうとしても干されるか……。

『コンチクショー』という気持ちは、ずっと持ち続けている。私の青春は、『屈辱』『コンチクショー』『屈辱』『コンチクショー』の連続だった。私は今も青春真っ直中(38歳、射手座)。

 過去の屈辱なんていつも覚えてるし、『コンチクショー』っていつも叫んでるし、いつも前に向かって進んでいる。そして、それだけじゃ足りない何かを、いつも自分の中から掘り起こそうと藻掻いている。

 過去の屈辱を思い出し、『コンチクショー』という気持ちから一歩前に進めたら必ず成功できる程、人生は単純ではないと私は思う。
 いや、『コンチクショー』はとっても大切だし、そこから一歩前に進むのも非常に大切なんだけれど……。そこからもう一歩踏み込んだ何か、運だとか、タイミングだとか、縁だとか、方向性だとか、時代だとか、色んなものの複合が成功には必要なんじゃないかって感じている。根底にあるのはもちろん持続・継続力。

「人間を極める」は確かに響きのいい言葉だが、あいさつをちゃんとして、年上の人を敬い、思いやりの心で人と接し、人としての道理をわきまえる、何てたった二行の言葉で言い表せるものではないだろう。

 何だか少し批判的になってしまって申し訳ないような気がするが、本書『日本一心を揺るがす新聞の社説 それは朝日でも毎日でも読売でもなかった』には本当に、所々にいい事が書かれている。

 今度、黒沢映画『用心棒』をツタヤで借りて来るつもり。 

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知的好奇心

 ★★★★★★★★☆☆

 知的好奇心 (中公新書 (318))

 書店で見つけて手に取り、数ページをめくり購入することにした。

 私は子供の頃、「勉強はつらいが我慢してしなければならないもの」だと思っていた。しかし、大人になってから、実は、本当は、「勉強は本来楽しいもの」だと感じるようになった。

 本書は、「知的好奇心をいかにして刺激すべきか」といった内容についてが書かれている。学校の教師や、子供に勉強をして欲しいと願う方には、参考になる内容だと思う。

「以下引用」(表紙裏より)

 伝統的な心理学の理論は、人間を「ムチとニンジン」がなければ学習も労働もしない怠けもの、とみなしてきた。それは果たして正しいか。本書は、興味深い実験の数々を紹介しつつ、人間は生まれつき、進んで情報的交渉を求める旺盛な知的好奇心を持ち、それこそが人間らしく生きる原動力であることを実証し、怠けもの説に基づく従来の学習観・労働観を鋭く批判する。とくに、楽しい学習の設計、幼児の知的教育の可能性を具体的に追求する。

【『知的好奇心』 波多野誼余夫・稲垣佳世子著〈はたの ぎよお・いながき かよこ〉(1973年、中公新書)】

 学生を卒業してから気がついた。勉強は楽しい。やり方にもよるが……。

 学校教育では、そのことを上手に子供たちに伝えるべきだ。カリキュラムにばかりにこだわるのは、子供たちの知的水準を高めるには逆効果である。

 高卒ではあるが、私は胸を張って勉強に対する自分の意見をブログに書く。

 勉強なんてものは、楽しくやった者勝ちである。楽しくて楽しくて仕方がないというのが、勉強の本来のあり方である。私も中学時代には真面目に勉強し、数学の問題を一人で何時間も考えた末に解いた経験が何度かあるが、その時の快感は私の貧困なボキャブラリーでは言い表すことが出来ない。征服感とでも言えばいいだろうか(ちょっと大袈裟だが)。

 単純な暗記科目も、クイズ形式・感覚で楽しくこなせば、苦手意識は克服出来る。数学なんかは本当にパズルみたいだし、英語の勉強も、勉強が目的になってしまうと苦痛かも知れないが、英語を話すあの人と話したい、あの映画スターの話している言葉を理解したいというような動機の有無によっては充分快楽につながるだろう。

 ゆとり教育だとか何だとかより、勉強の楽しさ、学ぶ楽しさに着目した教育カリキュラム・教育システムを文部科学省の役人たちは本気で作り上げて欲しい。

 我が家では、私が主導で子供にそういう教育をしていく。

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20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学 集中講義

 ★★★★★★☆☆☆☆

  20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

 スタンフォード大学、名前は聞いたことがある。こんな私でも名前を知っているくらいだから、多分、有名な大学だ。

 私は遙か17年前に20歳だった男だが、めげずに本書を手に取り、読んでみることにした。

「以下引用」

 人助けも大切な習慣です。大学時代、わたしは週に一度、両親に電話していました。毎回、電話を切る前に母は、「何かしてあげられることはないの?」と聞いてきました。母のこの気遣いがうれしかったものです。母にしてもらえることはほとんどないのですが、必要があればいつでも手を貸してくれるとわかっているだけで安心しました。歳を重ねるにしたがい、こうした気遣いは、友人や家族、同僚に対してもできるのだと気づきました。力になろうと申し出ると、喜んでくれる人がほとんどです。たいていはささやかなことで、相手が望むのもふつうは控えめなものです。稀に、自分に応えられない、あるいは応えたくないことを求められる場合があるでしょう。それを断っても、力になろうと言ってくれたこととに感謝し、助けてもらえないという事実を受け入れてくれるはずです。

 こうした気遣いを日々、実践しているのなら、時々は試してみるようお勧めします。ただし、実際に力になって欲しいと言われたら、真摯に応えなくてはいけません。ガイ・カワサキが言うように、「つねに高潔であろうとするべきです」。ガイはさらにこう続けます。「高潔な人は、お返しができるとはかぎらない人を助ける。当然ながら、自分の力になってくれそうな人に親切にするのは簡単だ。だが高潔とは、絶対に自分の力になれないとわかっている相手の力になることだ。カルマと呼んでも構わないが、心の広く他人の力になる人は、相手もまたお返ししたいと思うものだ」

 とはいえ、どうやって人助けをすればいいのかわからないと、途方にくれた経験がわたしにもあります。大学一年のとき、おなじクラスに体に障害のある学生がいました。歩くときは松葉杖が必要でした。ある日彼が、教室に向かう斜面で滑って転んでしまいました。起き上がろうとしているのですが、わたしにはどうすればいいのかわかりません。助け起こしもしないで通り過ぎるのは、気持ちのいいものではありません。でも、怖かったのです。わたしが近づいて、彼の障害に人目が集まるようなことをすると、かえって不愉快な思いをさせるのではないかと。クラスメートの母親が、長い闘病生活の末に亡くなったときにも、おなじように感じました。何と声をかけていいのかわからず、気に障るようなことを言ってしまうのではないかと恐れて、結局、何も言わないことを選びました。何年か後のことです。わたしはスタンフォードの学内を走っていました。前の日に雨でぬかるんでいた地面に足をとられ、派手に転んでしまいました。擦り傷が痛むし、泥だらけで、その場にしゃがみこんでしまいました。涙が後から後から出てきます。そのとき、少なくとも10人以上は通りかかったと思いますが、「どうしましたか?」と声をかけてくれた人はひとりもいませんでした。まさにこのとき、教室の前で転んだクラスメートや、母親を亡くしたクラスメートに、何と声をかけるべきだったかわかったのです。わたしはただ、「大丈夫ですか? 何かできることはありますか?」と言って欲しかっただけなのです。いまなら、こんなにシンプルな言葉でいいのだとわかります。それがわかるのに、こんなに時間がかかったなんて、我ながらあきれます。

【『20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学 集中講義』 ティナ・シーリング〈高遠祐子 訳〉(2010年、阪急コミュニケーションズ)】

 昔、人助けをしようとして詐欺(?)にあったことがある。

 その顛末を書こうと思ったが、それではこの本の内容とかけ離れてしまうため、やめておくことにした。

 スタンフォード大学は、調べたところによると100年以上の歴史を持つアメリカの私立大学らしい。そこで講義をするような人物が、転んだくらいでしゃがみこんで泣いてしまうなんて、私からすると非常に不思議である。

 また、これは私のアメリカ人(欧米人)に対する偏見かも知れないが、転んでいたのに誰も声をかけないなんて意外だった。案外と冷たいのね。

 それにしても『20歳のときに知っておきたかったこと』という題名はいささかオーバーである。『スタンフォード大学集中講義』という副題も、読み終わった今となっては何だか虚仮威しに感じてしまう。

 前半部はなかなか読ませるのだが、正直、私はタイムマシーンが使えたとしても本書を20歳の自分に送って読ませようとは思わない。

 私の評価では星六つ。

 

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文章を書くこころ

 ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 文章を書くこころ―思いを上手に伝えるために (PHP文庫)

 文章を書くという行為にまつわる本があると、私は反射的に手を伸ばしてしまう。そして読み終わった後、いつもと変わらぬ駄文を性懲りもせずに綴っている。
 しかし、打たれ強い私は、同じような本を見つけるとへこたれずにページをめくって読み出す。

「以下引用」

 学校で ひとクラスをAB二つのグループに分ける。テストをしてAグループには採点した答案を返し、Bグループの答案は見ないでおく。

 そして、Bグループの生徒をひとりひとり先生が呼んで、

「この間のテストはよくできていた」

 とほめる。みんなに同じことを言う。しばらくしてまたテストをする。やはり、採点した答案を返すのはAグループだけ。Bグループには、全員に

「こんどもよくできた」

と言う。こういうことを二、三回繰り返したあとで、テストをし、ABともに採点をしてABそれぞれの平均を出すと、Bグループの方が成績がいい。

 これをピグマリオン効果という。ほめていると、実際に、そのようになる。Bのグループはできたからほめられたのではなく、でたらめにほめられたのだが、それでもきく。実際によくできるようになるから不思議である。ほめられるということは上達や能力を伸ばすのに、たいへん大きな作用を及ぼす。

 ピグマリオンはギリシャ神話でギプロスの王様ということになっている。珍しい王様で彫刻の名手だった。理想の女性を刻んだが、あまりのみごとなできばえに塑像を深く愛するようになった。神にこの彫刻に生命を与えて、結婚させてくださいと懇願した。哀れと思った愛の女神さまアフロディオは彫刻を生きた女人にし、ピグマリオンは彼女と結婚したというのである。

 そこから、願えばかなうことをピグマリオン効果と言うようになった。

【『文章を書くこころ』 外山滋比古〈とやま・しげひこ〉(1995年、PHP文庫)】

 ピグマリオン効果の説明が非常に中途半端なものになっている。

 この文章では、「褒めれば伸びる」という現象のことを「ピグマリオン効果」と言うのだ、というような説明になってしまっているが、本当は少し違う。

 実際に行われた実験を簡単に説明すると以下の通りになる。

 ある小学校のクラスで、「ハーバード式突発性学習能力予測テスト」と名づけた知能テストが行なわれた。このテストは単なる普通の知能テストであったのだが、クラス担任には、今後数ヶ月の間に成績が伸びてくる学習者を割り出すための検査であるという説明がなされた。

 そして、クラスの生徒を無作為にA、B二つのグループへと分けた上で、担任にはAグループこそが今後、成績が上がるであろう子供たちだと伝えられた。

 その後の学業成績を調べたところ、無作為で分けたA、B二つのグループには明らかな差が生じていた。Aグループの成績が平均で明らかに向上していたのである。

 これはつまり、「人間は期待された通りに成果を出す傾向があることの現れ」であると説明され、そのことを「ピグマリオン効果」と呼ぶ。

 Aグループの成績が上がったことの原因としては、クラス担任がAグループの子供達に対して期待のこもった眼差しを向けたこと、さらに、子供達も期待されていることを意識したためだと主張されている。(ウィキペディア参照)

 以上が「ピグマリオン効果」の簡単なあらましである。
 外山氏の書いた文章は、明らかに間違っている。
 他の部分も、どこかで読んだり聞いたことのある内容ばかりだ。

 この際だから思ったことを、もう一つ書く。

 この人は、どこか「傲慢」である。それを感じさせられた部分を引用しておく。

 外山氏は18世紀のイギリスの貴族、チェスターフィールド伯爵が息子に対してほとんど毎日、人生を教える手紙を書き送ったことを説明し、以下の文章を綴っている。

「以下引用」

 いくらひまでも、用もないのに手紙を書くのは大変な手間である。それが後生にもてはやされる内容をもっているのだから、やはり、この貴族ただのネズミではなかったと言うべきだろう。英文学の歴史でもかならずこの伯爵が登場する。

【『文章を書くこころ』 外山滋比古〈とやま・しげひこ〉(1995年、PHP文庫)】

 私は「傲慢」な人間が大嫌いだ。「傲慢な人間」ほど醜い生き物は無い。

 この人の書籍を紹介するのはこれで二冊目だが、今後、私がこの著者の書を紐解くことは二度と無い。

 

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そのノブは心の扉

 ★★★★☆☆☆☆☆☆

 そのノブは心の扉 (文春文庫)

 私は劇団ひとりのネタが大好きである。

 以前に読んだ劇団ひとりの著書、『陰日向に咲く』がとても良かったので期待して読んだ。

 帯には「アブナイほどストイック。だから笑える、ひとりの日常」と書かれている。
 確かにストイックかも知れないが、アブナイほどではない。だから、それほどは笑えなかった。

 劇団ひとりのネタは、劇団ひとりが演じるから面白いのであって、ネタを文章で読んでも面白さはあまり伝わらないだろう。本書を読んで受けた印象は、残念ながらそんな感じである。

「以下引用」

 駄目ナルシスト

 腕から血を流した少年が必死で傷口を押さえ止血しようとしている。しかし、勢いよく噴出する血は指の間から流れ出て、辺り一面に血の海を作りだしていた……。

 これ、中学一年の時の僕です。ふざけて机の上で踊っていたらバランスを崩して、転げ落ちる際に机の角にぶつけたんです。今も腕にハッキリと傷痕が残ってるぐらい大きな怪我でしたから、相当な出血でした。そんな大量の出血なのに何故、僕は保健室にも行かず自分で止血しようとしたのでしょうか。ふざけていたことを先生に怒られるのが嫌だったからではありません。

 それほど出血している姿をクラスメートに見せるためです。かと言って自ら率先して見せるのではなく、どちらかと言うと血を見せないように隠しながら、でも完全には隠さないで「うぐぐっ」と苦悶の表情を浮かべながら見せるのです。そして、一通りクラスメートの皆に見てもらってから保健室に向かいます。何故、そのようなことをしていたのか。それはそれが格好いいと思っていたからです。

 つまり僕はナルシストなのです。さらに限定して言えば『駄目ナルシスト』なのです。あまり聞き馴染みのない言葉かもしれませんが、この駄目ナルシストは決して僕だけではなく周りを見渡せば多く存在するはずです。駄目ナルシストは通常のナルシストと違って、ネガティブな出来事に反応します。それは恐らく映画や漫画などに登場する駄目なアンチヒーローの影響かもしれません。ボクシングを見ていても勝利者インタビューを受けている選手より、傷だらけでリングを降りる敗者に自分を重ねて酔いしれてしまう、そんな連中を駄目ナルシストと呼びます。

【『そのノブは心の扉』 劇団ひとり〈げきだん・ひとり〉(2010年、文春文庫)】 

 流血をクラスメートたちに見せようとする気持ち、世の男性はよく分かるのではないだろうか。私の中学時代の同級生には、顔に傷痕を付けようと、自分でカッターで切りつけたヤツがいた。顔の傷痕で、周囲の人間をびびらせようとしたのだ。
 カッターは切れ味が鋭く、結構痛い思いをしたらしいが傷痕は殆ど残らなかった。間抜けである。

 しかし、それらの行為は、劇団ひとりが書いているように、駄目さとか、ネガティブな部分にナルシシズムをくすぐられているのとは少し違う。

 男子にとって流血事件は、やんちゃさを演出するアクセサリーの一つなのだ。顔の傷痕は、傷つくことを恐れずに戦った勇者の証なのである。自分でわざと傷痕を付けていようと、周囲の人間はそんな風にはまず思わないだろう。

 告白しよう。

 私は中学の頃、はんだごてで、胸に七つの傷跡を付けようとして挫折した経験がある。

 中学時代の自分が、あっさりと挫折してくれていて本当に良かったと、今は心からほっとしている。 

 

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ことわざドリル

  ★★★★★★★★★☆

 ことわざドリル

 インパルス板倉俊之の書いた本である。「次の空欄を埋めよ」という問いがあって、ことわざの前半部分だけが書かれている。ページの後ろ側に、板倉の考えた答えが手書きの文字で記されていて、これがなかなか面白い。

 立ち読みで十分だとも思ったが、書店で数ページめくって目を通した所、面白くて思わず吹き出してしまったので購入することにした。

 一つだけ以下に引用する。

「以下引用」

 〈問い〉 ㉙ 弱きを助け『                    』

 〈答え〉 『法外な金額をとる』

【『ことわざドリル』 板倉俊之〈いたくら・としゆき〉(2010年、リトルモア)】

 私は「笑い」はとても大切なものだと思っている。笑いは人間関係の潤滑油だ。

 どうすれば面白くなれるのか、日常生活の中で結構、試行錯誤している。笑いのセンスを磨くために、意識して「お笑い番組」も厳選して観るようにもしている。

 笑いにはセンスがある。

 持って生まれたものもあると思うが、私は「笑い」のセンスは磨けば結構光ってくるものだと信じる。ちょっとした表現の工夫や、発想の転換が笑いを生む。

 ページの後ろに書かれている答えを見る前に、自分で後半部分を考えながら読んだが、残念ながら板倉のセンスを超える発想は、私には一つも思い浮かばなかった。

  〈問い〉 くさっても『                    』

 〈答え〉 食べる

 ダメだこりゃ。

 

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春宵十話

 ★★★☆☆☆☆☆☆☆

 数学者、岡潔のエッセイ集。題名は、「しゅんしょうじゅうわ」と読む。

 帯には、2009年・日本人として読むべき「品格」の書、とある。

 非常に難しかった。難しいことを、難しく書いてある。教養不足なのだろうか、面白味は感じられなかった。品格も不足しているのだろうか。

「以下引用」
 また例をあげましょう。私が中学生のころ、数学の試験は答案を書き終わってからも間違ってないかどうか十分に確かめるだけの時間が与えられていました。それで十分に確かめた上に確かめて、これでよいと思ってだすのですが、出して一歩教室を出たとたんに「しまった。あそこを間違えた」と気づくのです。そうして、しおしおと家路につくのです。たいていの人はそんな経験がおありでしょう。実は私などそうでない場合のほうが少ないくらいでした。教室を出て緊張がゆるんだときに働くこの智力こそ大自然の純粋直観とも呼ぶべきものであって、私たちが純一無雑に努力した結果、真情によく澄んだ一瞬ができ、時を同じくしてそこに智力の光りが射したのです。そしてこの智力が数学上の発見に結びつくものなのです。しかし、間違いがないかどうかと確かめている間はこの智力は働きません

【『春宵十話』 岡潔〈おか・きよし〉(2006年、光文社文庫)】

 確かに、こんな経験は多い。

 小説家がアイデアを捻り出したりする時も、考えに考え、行き詰まり、煮詰まって諦めた後に妙案が浮かぶことが多い、という内容の話を、今までに何度も目にした。

 これって一つの真理のような気がする。

 人生の岐路に立たされた場合、私はこの事(上記の真理のようなもの)を意識して決断するよう心がけてきた。

 意識して考えるようにしなければ、短気な私はすぐに決断を下してしまうからだ。

 私は江戸っ子より気が短い三河っ子なのだ。

 自分が短気であることを踏まえ、兎に角、結論はすぐに出さず、考えに考え、少し寝かしてもう一度考え、疲れ果てて考えられなくなって放り出した後に決断を下すようにしてきたのである。

 そして、その結果、私は無事に生存している。(笑)

 まあ、大した決断は下していないかも知れないが。(涙)

 三十代の後半になって、白黒がハッキリしない答えの方が、世の中には多いのかも知れないと思うようになった。腹が立つが仕方が無い事なのかも知れない。

 悪い人間にも良い部分があるし、良い人間にも悪い部分がある。悪だけの人間、善だけの人間なんて見た事が無い。そういった意味ではみんなグレーだ。

 でも、善い人間でありたい。世のため人のために生きたい。これが本音。だからといって、アメリカみたいに正義を振りかざして、自分から見た悪をぶった切るような生き方もしたくない。

 でも、でも、悪い奴、ふざけんなって思う。

 悪い奴、大概にしとけよってね。

 子供を虐待するヤツとか、簡単に人を殺すヤツとか、本当に止めろって言いたい。

 てめえの命はそんな事のために流れてんのか?

 ちょっとは考えろって!

 絶対違うよ!

 久しぶりに飲みながら書いてます。(乱文ご免です)

 辛いことなんて、誰だってそこここに抱えてるんだよ。正当化して逃げてんじゃねえよ。自分の目標をぶっ立てろよ。そんでやってみろ。出来るか、出来ないかなんて関係ねえ。やるか、やらねえかだよ。やってから考えろって。やってみなけりゃ判らねえんだからさ。

 夢を簡単に諦めるんじゃねえよ。

 夢の途中で死ぬんだったら、別にそれでいいじゃねえか。諦めて誤魔化すより格好いいって。勝手に夢を引っ込めて、生温く過ごして事なかれ主義でいくよりね。

 やれってば! 兎に角さ。

 オレはやってる。

 亀みたいな歩みだけどね。

 オレの目標、書いちゃおうか。

 オレの目標は、ハリウッド映画を超える作品を創る事。

 アカデミー賞を穫るんです。

 だから、映画とか小説とか一杯、観たり読んだりしてるんです。

 それで書いてるの。小説を。

 今まで、三作書いて、新人賞に応募したんだけど、箸にも棒にも引っかかりませんでした。どうぞ笑って下さいよ。

 恥ずかしいけど、書いちゃいました。

 笑いたいヤツは笑えばいい。バカにして貰って結構。でもね、オレはやるんですよ。やり遂げるんです。

 だって、そう決めたんだから。

 今に見てろ、ってことですよ。

 だから、これを読んでくれた人、頑張ろうぜ!

 流した汗は嘘を付かないから。
 

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