響きあう脳と身体

 ★★★★★★☆☆☆☆

 響きあう脳と身体 (新潮文庫)

 読了7冊目。

 甲野善紀と茂木健一郎の対談集『響きあう脳と身体』を、何とか読み終えた。

 確かにお二方とも凄い人だというのはわかるし、お互いに深く認め合っているのもわかるが、それが妙な具合にべた褒めし合っているような感じで、正直非常に気持ちが悪かった。

「以下引用」

甲野 桜井会長は麻雀を覚えたての頃から、代打ちを引退するまで、一度も負けていないんですよ。一度雑誌の企画で、「桜井章一に勝ったという者がいたら名乗り出てきてください」というのがあったのですが、賞金がついていたのに誰一人出てこなかったのです。
 桜井会長は、大勝負の三日ぐらい前から食べない、飲まない、寝ないという状態にいつの頃からかなってきたそうです。まあ、自分で努めてそうするのではなくて大勝負の緊張からそうなってしまうそうですが、これは私が思うには、酸性雨で枯れる前の木が実をたわわにつけるように、命を強迫して、潜在能力を引き出すということに、なっているのではないかと思います。よく「全力を尽くしました」なんて言いますが、この人の尽くし方はそういうレベルではない。飲まず食わずで、三日くらいの徹夜で麻雀をやっていると、命の危機感を感じるようになる。相手は覚醒剤を打ちながら集中力を保っている場合もあるようですけれど、桜井会長は、自家製の脳内麻薬でも出るのでしょうか。この人の不敗を支えた凄まじい能力というのは、そういう極限状況の中で初めて引き出されるものじゃないかと私は考えています。

茂木
 おもしろい話だなあ。

甲野
 大勝負が近づいて感覚が鋭くなってくると、たとえば店の前で、「この喫茶店の中には客が一三人いる」というようなことがわかってしまうそうです。分厚い辞書も例えば五七八ページと思えば、ピタリと一発でそのページを開ける、という恐るべき直感力が働き、それがまったく外れなくなるんだそうです。

茂木
 僕の親しい友人に、白州信哉という男がいます。彼は今の日本の文化や、現代美術を基本的にはまったく認めておらず、安土桃山の頃の作品がもっともすばらしいと評価しています。彼が言うには、あの時代の美術家は、いいものを作らないと信長、秀吉をはじめとした大名に殺されてしまうから、必死さが違うんだという。納品して、先方が気に入らなければ、文字どおり首が飛んでしまうとすれば、それは必死になりますよね。
 武術をなさっている方のことを僕がうらやましいと思う理由のひとつは、そういう生死を賭けた場面での命のやりとりを、少なくとも文化的なレベルでは引き継いでいることです。基本的にわれわれは、生死を賭けるということをやらなくなりましたが、もともとあらゆる文化にはそういう背景があったはずです。「火事場のばか力」、「火事場のばか器用」という力は、ギリギリの状況下ではじめて現れる人間の潜在能力のことだと思いますが、そういうものをいかに引き出すかも含めて、武術の文化は構築されていると思います。近代スポーツの場合、口では「命がけ」と言っていても、そういう文化的背景を持っていないですからね。

【『響きあう脳と身体』 甲野善紀・茂木健一郎〈こうの・よしのり/もぎ・けんいちろう〉(2010年、新潮文庫)】

 命を強迫しさえすれば、誰もが自分の持っている潜在能力を引き出せるという訳では無いだろう。
「火事場のバカ力」という現象を科学的に取り扱ったノンフィクションの読み物があれば、是非とも一度読んでみたいものだ。

 直感力というものは確かにあると思う。桜井章一の直感力についての部分を読み、私は、普段からそういう感覚を磨こうという意識を持つことが大切だと思った。喫茶店の中に客が何人いるかを当てられたからって、それが一体何なんだとは思わない方がいいだろう。そういった直感力は、危険予知能力となってきっとどこかで役に立つ筈だ。

 安土・桃山時代の美術品が本当に素晴らしいかどうかを私は知らないが、一度、その頃の作品を目にしてみたいと思った。ここに述べられている茂木健一郎の友人である白州信哉という人の意見を、私は全然信用していない。芸術家や職人は、そもそも最初から命を懸けているのではないのか? という疑問があるからだ。

「生死を賭けた場面での命のやりとりを、文化的なレベルでは引き継いでいる」と武道家を持ち上げ、近代スポーツを何だか見下すような茂木さんの発言に、今回の対談集を読んだ時に私の感じた「読みにくさ」が集約されているように感じた。

 ※少し否定的な文章になってしまいましたが、私は茂木さんは好きです。

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アタマがよくなる勉強会

 ★★★★★★☆☆☆☆

 田原総一朗責任編集 2時間でいまがわかる!アタマがよくなる勉強会

 頭を良くしたい。できれば天才になりたい。本当に。

 私はこの手の脳力開発本は、結構読んでいる方だと思う。茂木さんの本は、これで何冊目だろうか?

 残念ながら、読んだ結果はあまり芳しいものではない。

『アタマがよくなる勉強会』というタイトルであるが、この本を読んでも、具体的な脳力アップの方法は書かれていない。

 私がタイトルをつけるとすれば、『アタマを良くするためのヒントがちりばめられた対談』といったところだろうか。

「以下引用」

茂木 われわれはオープンエンドと言っているんですが、脳の学習というのは、基本的に完成型がないんです。

田原 これで完成だという終わりの姿がない。限界がなくて青天井だと。具体的には、どういうこと?

茂木 ある時期まで学習を積み重ねて、ある回路ができたら、それを前提として次の回路ができる。つまり、脳にはいままで積み上げてきたものを前提として次のステップが作られるというところがあるんです。脳を過去1万日鍛え続けてきた人が、1万1日目に鍛えると、これは必ず1万日の積み重ねの上に1日分の新たな積み重ねができる。だから過去がムダにならないんです。脳は年齢や環境に関係なく、やればやったぶん、必ず成長するわけです。
 もし脳に限界があって、もうここまでしか伸びないよという場合は、それ以上何をやっても意味がないことになっちゃいますが、脳の場合はそうではない。われわれは日本語をネイティブ(生まれつき)で使えますが、言葉の使い方だって工夫を重ねれば重ねるほど、どんどんよくなっていくでしょう。

田原 より洗練されていく。

茂木 いくつになっても日本語は学習し続けることができるんです。これがオープンエンドの学習です。一般的には脳はどんな回路も、ということは見る回路も、聞く回路も、手足を動かす回路も、使えば使うほどそれなりの学習効果がある。

田原 疲労という面からは、どうですか? 筋肉と違って目に見えて動くものではないから、あんまり疲れないね。

茂木 おっしゃるとおり、脳は基本的にはあまり疲れません。みんな「ああ、脳が疲れた」とか言ってますけど、バランスが悪い場合は疲れることもあります。同じ回路ばかり使っていると、確かに疲れてしまう。でも満遍なくいろいろな回路を使えば、基本的に疲れてしまうということはない。脳が使われ過ぎるということはないんですよ。

田原 「頭を使いすぎて疲れた」というのは、実は肩が凝ったり、目が疲れていたり、作業に飽きて眠くなったり、実は脳以外の話をしていることが多いんだ。

茂木 そうです。脳自体はあまり疲れない。

【『アタマがよくなる勉強会』 茂木健一郎 〈2010年〉 (アスコム)】

 ★★★★★★☆☆☆☆

 アタマを本気で良くしたいと願う私は、ここに自分の覚え書きとして、本書から読み取ったそのヒントをいくつか記しておく。

 ・脳はあまり疲労しない。

 ・脳に負荷をかけなければ脳力はアップしない。

 ・脳力を最大限に引き出すには、楽観的な将来の見通しを持つこと。

 ・楽観的見通しに自信を持たせるために努力すること。

 ・年齢はハンデにならない。

 目指せ天才。
 

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日本人の矜持

  ★★★★★★★★☆☆

 お茶の水女子大学名誉教授である数学者、藤原正彦氏の対談集である。中から、小説家の五木寛之氏との対談から引用する。

「以下引用」
五木  

  言葉になったものが歴史になるわけですが、言葉にならない ものも多いのです。
 先ほど三十八度線を突破したときの話をしましたが、ついに書けなかった話もあります。私たちは外出禁止令が出ているなか、平壌からトラックを買収して三十八度線を目指したのですが、一回目の脱出は失敗しました。ブローカーに騙されて、平壌周辺をぐるぐると回っただけでした。
  そして二回目の脱出行で、平壌と三十八度線の中間にあった沙里院のガードポイントをトラックで突破するときでした。それまで何度も止められましたが、そのたびに時計や万年筆などの貴重品を渡して、見逃してもらっていました。それがここでは女を出せと言われた。これは本当に困りましたね。
  若い娘はまずい、子持ちはだめ、あまり年上でもよくないということで、結局は芸者さんなど水商売をしていた女性や、夫や子供を失った未亡人に、みんなの視線が自然と集中するのです。そのうちリーダー役の人物が土下座して、「みんなのためだ、行ってくれ」と頼んだ。みんなから射すくめられるように見られるのですから、その女性は出て行かざるをえません。そうやって女性を送り出していった側の人間が、生きのびて帰ってきたわけですから。
藤原  
  
この本にも、そこまでは書いていませんね。
五木  
 ええ、どうもそこまでは言えません。さらにひどいことに、女性が明け方、ボロ雑巾のようになって帰ってくると、「ロシア兵から悪い病気をうつされているかもしれないから、あの女の人に近寄っちゃだめよ」と、こっそり子供に言う母親がいた。本来であれば手をとってお礼を言ってもいいのに、そういうことを意って蔑んだ目で見る。戻ってきた女性の周囲には誰も近寄らないのです。私は自分も日本人でありながら、日本人に対する幻滅が強く湧いて、いまも後遺症が消えません。
【『日本人の矜持』 藤原正彦〈ふじわら・まさひこ〉(2010年、新潮文庫)】

 こんな極限の体験を読むと、何一つ言葉を見つけられない。

 戦争の悲惨を私は知らなさすぎる。現在、私たちが当たり前のように享受している平和な生活は、過去幾多の困難を乗り越えてきた先人たちの、言葉に出来ないような悲惨の上に成り立っているというのに。

 無知は罪ではないが、無知であることを知らないこと、無知から抜け出すための努力をしないことは罪以外の何ものでもない。

「学ばずは卑し」である。

 私は積極的に読むべき書籍のカテゴリーに、戦記を新しく付け加えて学んでいく決意だ。平和を願う人間が、戦争のことを何も知らないというのではまるでお話にならない。そんな人間の願う「平和」は絵空事でしかないと言われても仕方がない。

 2010年現在、この日本という国で普通に生活している限り、爆撃される心配もなく、飢餓に怯える必要もなく、犠牲で陵辱された上に蔑まれるようなことも、まずない。
 これは当たり前のことでも何でもない。世界中には戦火を逃げ惑い、慢性的な飢餓に生命を失い、「死」よりもつらい虐待を受けている人々が溢れている。
 私たちは、海外で起きている不幸なニュースを観た後に、「怖いね」と言うだけで、ディナーを続けることをいつまでも繰り返してはならない。

 私たちに何が出来るのか?

 まずは現実を知ることだ。

 一方的に受け取る偏った情報だけに頼らず、本物の情報を手に入れる術を私たち民衆の一人一人が持たなければならない。言うまでも無いことだが、手に入れた術を使いこなす努力も必要である。そして、その情報をもとに声を上げるのだ。
 

 この日本という国を、真の国際貢献のできる国家に変えていくことが、無念の体験を乗り越えて生命のバトンを手渡してくれた先人たちに出来る、唯一の恩返しだと私は信じる。
 山積みにされた問題を前に、たじろぐばかりでは、この世界から「悲惨」の二字は無くならないのだ。
 

 読み応えのある対談集を読みたい人にお勧めの一書である。

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