良いトレーニング、無駄なトレーニング

 ★★★★★★☆☆☆☆

 

良いトレーニング、無駄なトレーニング 科学が教える新常識

 読了二冊目。

 題名から想像していた内容と少し違った。

 でも、まあその感想を抱いたのは、今の私にとって、「トレーニング」と言えば無条件に筋力トレーニング(しかもウエイトトレーニングのみ)をさす言葉となってしまっているからであって、決して題名の付け方がおかしいと言う訳ではない。

 ではつまらなかったのか? と聞かれれば決してそうではなく、充分に参考になる事も書かれていた。

「以下引用」

 運動能力や運動への趣向の違いはさまざまな遺伝子が影響している。ただし最近の研究は、その八〇パーセント以上が遺伝子ではなく環境に起因することを示している。

【『良いトレーニング、無駄なトレーニング』 アレックス・ハッチンソン〈児島修訳〉(2012、草思社)】

 へぇー、そうなんだね。

 でも、そのパーセントって、一体どうやって求めたのかね?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

外科医 須磨久善

 ★★★★★★★★☆☆

 

外科医 須磨久善 (講談社文庫)

 読了25冊目。

 傑作小説、『チーム・バチスタの栄光』の作者、海堂尊が書いたノンフィクション『外科医 須磨久善』を読んだ。

 天才心臓外科医の人生の航路をあの海堂尊が綴っているのだから、非常に大きな期待を持って読んだのだが、何故か文章になかなか引き込まれなかった。
 が、「第二部 解題 バラードを歌うように」に突入するとそれまでの雰囲気が一変する。まるで、『チーム・バチスタの栄光』を読んだ時のように、私は文章にグイグイと引き込まれて時の経つのを忘れ去った。

「以下引用」

 超一流は突然出現する。まるで、夜空に突然眩い光を発してその存在を人々に知らせ、驚かせる超新星のように。須磨が考える超一流は、その根幹にクリエイティブ・マインドを抱えている。そういう人材を育てるにはどうすればいいのか。そうした問いに対して、須磨はシンプルに答えた。
「本物を見るのが一番いいでしょう」
 本物かどうか知ることが一番大切なのです、と須磨は力説する。コンマ一ミリでもアップ・グレードするにはどうしたらいいか。体力トレーニングをしたり、山ほどの本を乱読したり、放浪したりする中で、一番大切なことは本物を見ることだ。
 だが本物はそこら辺に転がっているわけではない。ましてや量産などできるはずもない。 本物に触れるための方法のひとつは古典に触れることだ。古典として残ったものは、間違いなく本物だ。だが、現在進行形の本物を見分けることは至難の業である。しかも本物が社会的にどのくらいのタイムラグで認知されるかということはバリエーションがある。
 本物かどうかを見分けるための一つの尺度について、須磨は明確な言葉で語る。
「自分のこころが引き込まれたら、自分にとって本物です。ふつうの人はそうした瞬間を見過ごしてしまう。本物と出会った瞬間、誰でも、ああ、これかもしれないと思うはず。自分の感覚を大切にしようという気持ちさえあれば、本物が蓄積されていくはずです」
 こう語る時の須磨は、外科医というよりはアーティストに近い。外科医の手技をアーティストの領域にまで高められる人間は稀有な存在であり、他の誰にも真似することはできない。

【『外科医 須磨久善』 海堂尊〈かいどう・たける〉(2011年、講談社文庫)】

 一流の人間になる事を目標に私は生きている。

 今は三流以下の人間だ。

 負けてたまるか、である。

 たまるか、たまるか、たまるか、だ。

「コンマ一ミリでもアップ・グレード」

 本書の中に出てくるこの言葉を、胸にとどめて進んで行く事にする。

 幸い、私の周囲には、私と同じようにハングリーな気持ちで自分の人生と向き合っている友が何人かいる。

 彼らと私自身のために、本書の中に記されている須磨の言葉を最後に引用しておく。

「以下引用」

「一人前になるには地獄を見なければならない。だけどそれでは所詮二流です。一流になるには、地獄を知り、その上で地獄を忘れなくてはなりません。地獄に引きずられているようではまだまだ未熟ですね」

【『外科医 須磨久善』 海堂尊〈かいどう・たける〉(2011年、講談社文庫)】  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

憚りながら

 ★★★★★☆☆☆☆☆ 

 

憚りながら (宝島社文庫)

 読了24冊目。

『憚りながら』という題名に何か惹きつけられたのと、ヤクザの世界でのし上がった人物の人生の来し方を知りたくて書店で購入した。

 非常に期待して読んだが、私が想像していた内容とは少し違った。

「以下引用」

 そんなことだから、オウムはなかなか捕まらなかったんだよ。あの時、神奈川県警が、後藤組だ何だと馬鹿なことを言ってないで、ちゃんと(捜査)やってりゃ、松本サリン事件(94年)も地下鉄サリン事件も起こってなかったはずだ。あの時(松本サリン事件の発生当初)も長野県警は「河野(義行)さんが犯人だ」なんて馬鹿なことを言ってたけど、実はわれわれの世界じゃ、かなり早い段階から、「あれはオウムの仕業だ」と言われていたんだから。ヤクザの世界の情報網というのは、しっかりしてるんだよ。

【『憚りながら』 後藤忠政〈ごとう・ただまさ〉(2011年、宝島社文庫)】

 この書籍に対する、私の読み物としての評価は星五つ。

 まえがきに、

「ただ60年以上、チンピラとして生きてきた俺が一度だけ、その来し方を振り返り、行く末を語らしてもらおうか、と。そしてチンピラの分際で憚りながら一言だけ、この国や社会に、もの申させていただこうか、と。是でもなく、非でもなく、ただただ思いの馳せるままに。」

 と書かれているが、多分、この人の歩んできた人生は、生半可な構成力と筆力ではその壮絶を十分に描き出せないのだと思う。

 矢沢永吉の傑作本、『成り上がり』を仕上げた糸井重里に聞き語りをさせたなら、この書籍はもっともっとエキサイティングで生々しいものになったであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

天国のキャディ 世界で一番美しいゴルフの物語

 ★★★★★☆☆☆☆☆

 

天国のキャディ―世界で一番美しいゴルフの物語

 読了23冊目。

 だいぶ以前に読んだエッセイ集、 島地勝彦著、『甘い生活 男はいくつになってもロマンティックで愚か者』の中で紹介されていた本書、『天国のキャディ 世界で一番美しいゴルフの物語』を読了した。

 プロ・ゴルフプレイヤーのトム・ワトソンと、彼を支えたキャディ、ブルース・エドワースのストーリーで、全米ベストセラーだそうだ。

「以下引用」

 むろん、ブルースが罪悪感を抱く必要などまったくないはずだった。それどころか、誇りを抱くべきである。家族一人ひとりがブルースについて思う時、誇りを感じていた。ブルースがすばらしいことを成し遂げ、こんなにも立派な人間になったこと、しかも彼がつねに自分のやり方でそれを成し遂げたことに、家族の誰もが誇りを感じていた。とりわけ彼らが誇りに思い、そして驚嘆したのは、彼がユーモアのセンスを失わず、どんなに先の見通しが暗い時でも前向きに生きようとしたことだった。

「最初に病気のことをきいた時、とにかくすわって彼にメールを書こう、と思いました」グィンはいった。「自分でもわかっていたのです。兄に電話して思っていることを伝えようとしたら、きっと取り乱してしまい、よけいに事態を悪化させてしまうだろうと。だからメールを送りました。兄をどれほど愛しているか、いつでも兄のためにここにいいる、どんな形ででも役に立つつもりだからそれを忘れないでと伝えました。メールの最後に『愛と祈りを込めて』と書きました。兄の返事の最後には『愛と祈りと……イーグルスを込めて』とありました。それを見てわたしは笑い、そして泣きました。だって、いかにもブルースらしかったから」

 どんなことがあっても、ブルースはあくまでもブルースであり続けたのである。

【『天国のキャディ 世界で一番美しいゴルフの物語』 ジョン・フェインスタイン〈小川敏子 訳〉(2006年、日本経済新聞社)】

 優秀なキャディー、ブルース・エドワースは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)のために49歳の若さで世を去った。

 もし自分が不治の病に冒されて余命宣告をされたとしたら、その時、私はユーモアなど一欠片も持ち合わすことは出来ないだろう。それは、私という人間に、本物のユーモアが根付いていないからだ。普段、私が意識しているユーモアなど、所詮、そんな程度の薄っぺらなものに過ぎない。

 反省。

 本当の危機的状況に追い込まれた時、実はそんな時こそが人生において最もユーモアが必要な時なのかも知れない。

 よーし。

 死ぬ寸前に、私は自分の周囲で涙を流している人間を笑わせてやることにしよう。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

おそめ―伝説の銀座マダム

 ★★★★★★☆☆☆☆

 おそめ―伝説の銀座マダム (新潮文庫)

 読了13冊目。

 川端康成、白州次郎、小津安二郎などの著名人が通い詰めた伝説のバー「おそめ」のマダム、「上羽秀」の生涯を描いた『おそめ―伝説の銀座マダム』を読み終えた。

 何故、多くの人間が「秀」に惹かれたのだろうか、その理由を知りたいと願いながら読んだが、言葉では表せない人間的魅力の不可思議さばかりを思い知らされた。これは決して、この小説の持っている表現力を軽視して言っている訳では無い。

「以下引用」

 ひらひらとテーブルを渡り歩く秀は、まさに天女のようだった。あちらからもこちらからも声がかかる。請われて、突然、舞を披露することもあった。途端に騒がしかった店内が水を打ったように静まり返り、客たちは秀の舞姿をうっとりと見守った。悦子は、ただ驚いて見つめていた。こんなマダムがほかにいるだろうか、と思った。どの店でもマダムと言われる人にはそれなりの魅力がある。だが、秀は明らかに異質だった。頭の回転が速く、気の利いた会話で客を魅了する他店のマダムを動とすれば、秀は徹底して静の人だった。よく比較される「エスポワール」の川辺が太陽なら、秀は月だった。無言の魅力で他を圧倒してしまう。その不思議な力に悦子は同性でありながら、いや、同性だからこそひどく惹かれた。

【『おそめ―伝説の銀座マダム』 石井妙子〈いしい・たえこ〉(2009年、新潮文庫)】

 一度でいいから私も、伝説のバー「おそめ」に行ってみたかったと思った。人びとを魅了し続けたマダムの漂わせている空気に触れてみたかった。それは、別にスケベ心から言っているのでは無い。自分で言うのは少し恥ずかしい気もするが、これは純粋な知的好奇心からの願いである。

 私は、「人間的魅力について」というテーマを自分なりに追求していく事を、自らに密かに課している(ブログに書いておきながら密かにもクソもないが)。

 同性さえも惹きつけるほどの魅力を備えた「秀」だったが、その生涯はどこか物悲しくて儚かった。それでも「秀」は、最初から最後まで「自分らしく」を貫き通した幸福な女性だった、と私は思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

インテリジェンス人間論

 ★★★★★★★☆☆☆

 インテリジェンス人間論 (新潮文庫)

 読了6冊目。

 佐藤優の書籍を読むのはこれで二冊目。
 終盤、キリスト教に関する内容が多くなったので個人的な評価(好き嫌い)を星七つにしたが、この人の本は読み応えがあるのでもう少し他の物も読んでみようと思っている。

「以下引用」

 官僚は酒に弱いと国会議員から軽く見られる。国会議員から勧められる酒は飲み干すが、酩酊して正気を失わないようにしなくてはならない。いくら酒の飲み比べをしても私が酩酊しないのを、面白く思わなかったのであろうか、私に年齢の近い衆議院議員が突然、からんできた。
「佐藤君な。お前たち役人なんていう奴らは、国会議員を利用するだけ利用して、何かあれば最後は逃げるし、裏切る。よく聞いておけ。君だってそうだ。浮くも沈むも一緒、鈴木会長と最後まで一緒に進むのは、俺たち政治家だけだ」
 私は黙ってその男の話を聞いていた。
 そうすると、「あんた、何言うんだ」という大きな声が聞こえた。鈴木氏だった。
「佐藤さんは、日本の国益のために、文字通り、身体を張って仕事をしているんだ。それを君はなにを言うか」
 部屋の中が静まりかえった。衆議院議員は、鈴木氏の方を向いて、「すいません。冗談でした」と言った。
 私が「さあ、みなさん楽しく飲みましょう」と言って、赤ワインをついでまわったので、場は再び和やかになった。
 それから十五分くらい経ったところで、鈴木氏が、
「じゃあ、みんな、いいか、もう」
 と言った。会合を終えようとするときに鈴木氏はいつもこう言う。
 国会議員たちは、「鈴木宗男総裁万歳!」を三唱して会合を終えた。
 店を出ようとすると、鈴木氏が、「佐藤さん、ちょっと時間があるか。仕事がだいぶ残っているのか」と言った。
 私は、「大丈夫です。何か別の会合があるのですか」と尋ねた。
 鈴木氏は、「たまには二人だけで飲もう」と言って、私たちは店の裏口から、外堀通りと田町通りの間にある小さな裏通りに出た。
 ここは飲み屋もほとんどない。ビニールに入れられた生ゴミが並べられている薄暗い通りで、人通りもほとんどない。ときどき酔ったカップルが抱き合ったり、キスをしている場所である。この裏通りを歩きながら、鈴木氏はこう言った。
「佐藤さん、今日はほんとうに済まなかった。不愉快な思いをさせて」
「何をおっしゃいますか。まったく気にしていません」
 これは私の本心だった。酩酊した国会議員や外務省幹部から暴言を吐かれたことは何度もある。しかし、それでその人物の本性がわかるので、むしろそういう機会を私は歓迎していた。しばらく二人は黙っていたが、鈴木氏が口を開いた。
「佐藤さん、今日はほんとうに済まなかった。俺に今後何かあったとき、あんた、あそこにいた連中のなかで何人残ると思うか」
「半分くらいでしょう」
「そうじゃない。よくて三分の一くらいだろう。いや三分の一も残らないかもしれない。威勢のいい奴ほど残らないと思う」
「しかし、ムネムネ会の先生方は、鈴木先生に全面的な忠誠を誓っているじゃないですか。この点は間違いなく信頼できるんじゃないでしょうか」
「今のところはね。しかし、何かあったときはわからないぞ。さっきあんたに文句をつけた奴なんかは、いざというときは俺についてこないと思うよ。まあ、政治家の世界はそういうものさ」
 その日は、一ツ木通りのラウンジバーに行って二人でウイスキーを相当飲んだ。鈴木氏の横顔がとても寂しそうに見えた。

【『インテリジェンス人間論』 佐藤優〈さとう・まさる〉(2010年、新潮文庫)】

 日本の政治家には、魅力を感じさせてくれるような人物は見当たらない。じゃあ外国の政治家はどうなんだ、って聞かれても何も答えられないが。

 私は鈴木宗男はどっちかと言うと好きである。だからと言って別に、鈴木宗男がどういった政治信念で行動しているのかとかは全然知らない。

 それにしても、「ムネムネ会」なるグループを形成し、大声でヨイショしながら万歳を三唱したりして、何だか親分・子分のような関係性を構築して甘えようとする連中が国会議員なんて呼ばれて高い報酬を得ているのかと思うと、本当に腑が煮えくりかえってくる。

 国民が、もっと政治家の能力や実績を、客観的に認識し、それに基づいた評価が出来るようなシステムを構築していかないと、本当にこの国はダメになってしまうんじゃないかと思う。

 毎日の生活に追われていて、政治家を監視できるように勉強できるほど多くの国民は暇ではない。私だって政治に関心がないわけではないが、ハッキリ言って、数ある政党の考え方や理念の違いなんてさっぱり判らない。
 正直、誰に入れたってたいして違わないよな、って思いながら毎回の選挙で投票している。で、変わらない。与党が民主党になったけど、何か変わった?

 今日、すき家に昼飯を食いに行ったんだけれど、今までに見たこと無いくらいに店が混雑していた。駐車場も満杯。私は持ち帰りにしたので良かったが、待っている人で行列が出来ていた。
 あまりの混雑ぶりに、店の人に理由を尋ねたら。「今、牛丼が30円びきになっているからそのせいだと思います」、って教えてくれた。

 高い税金に暴動を起こすこともなく、国民はみんな頑張って日々暮らしている。金持ちのボンボンみたいな連中が呑気に国会で汚い言葉で罵り合っている間に、私たち国民は本当に日々を生き延びていくために真剣に働いて税金を納めているのだ。

 不況の問題だとか、年金の問題だとか、尖閣諸島だとか、竹島だとか、北方領土問題だとか、沖縄の基地問題だとか、一つくらいは国民の誰もが納得出来る回答を提示して欲しいものだ。

 一つもできないのであれば、次の選挙の時には現役国会議員は全員クビにして、是非とも総入れ替えにして欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く

 NHK未来への提言 ロメオ・ダレール―戦禍なき時代を築く

 読了5冊目。

 ロメオ・ダレール氏は1993年、内戦状態が続いていたルワンダに、国連PKO部隊司令官として派遣され停戦監視にあたった。しかし、1994年、1日に数千人の市民が虐殺されるという異常な事態が勃発する。

 ジュノサイドを食い止めるために、ロメオ・ダレール氏は国連本部にファックスを送った。

「異なる部族を抹殺し、内戦を引き起こそうとする動きがある。その計画を阻止するために行動を起こしたい」

 しかし、その3ヵ月前、ソマリアの平和維持活動で18名のアメリカ人兵士が死亡していたために及び腰になっていた国連は、ロメオ・ダレール氏に「その作戦には合意できない。……任務の権限を越えている」という消極的な回答を示す。

 結果、ダレール氏は、わずか100日間で80万人もの人びとが虐殺される現場を目撃することとなる。

 ルワンダから帰国した後、心的外傷後ストレス障害を発症したダレール氏は、2000年にアルコールと薬物の混用で自殺をはかり、公園のベンチで昏睡状態となっているところを発見された。

 2003年、ルワンダでの経験を記した著書『悪魔との握手 ルワンダにおける人道主義の失敗』を発表し、カナダで大ベストセラーとなった。

 伊勢崎賢治氏は、2001年、国連シエラレオネ派遣団国連事務総長副特別代表上級顧問兼DDR(武装解除、動員解除、社会再統合)部長として、内戦後のシエラレオネで武装兵士・ゲリラの武装解除を指揮した。

「以下引用」

伊勢崎 わたしはここで、人間の命の価値について感じていることを話したいと思います。それは、アフリカの人びとの命についてです。率直に言うと、日本は、命を危険にさらしてまでアフリカの紛争に関与しなければならない、とはあまり考えられていません。世論も支持していないようです。あなたは命の価値の重要性をどのように戦略的に訴えていけばよいとお考えですか。

ダレール 難しい問題ですね。わたしは、国連のジュノサイド予防諮問委員会の委員に任命されました。そのメンバーには、緒方貞子さんもいらっしゃいます。わたしは、これからは日本のような国が、人権保護の促進や法の支配の徹底などに、より一層関与していくべきだと提言しています。それは、近代民主主義に移行する際に、あなたの国が作り上げてきた価値観でもあるのです。そのためには、財政的な支援以上のことをしなければならないと思います。先進国に課された責任には、涙や汗、そして血も伴います。それがわたしたちがたどり着いた「保護する責任」という考え方なのです。
 わたしは、この新しい考えを機能させるためにどんなことができるのかを検討するため、現在中堅国家の人たちを集めて作業委員会をつくろうとしています。そうすれば、検討した内容をそれぞれの国に持ち帰り、具体的にどういう貢献ができるのかの検討を始めることができるでしょう。
 あなたは先ほど、日本人はなぜ自分たちがアフリカの人たちと関わらなくてはならないのかと考えていると、言いましたね。では、ルワンダの人たちは日本人に関わらなくてはならないのでしょうか。考えてみればすぐわかることですが、ルワンダから日本に差し出すものは何もありませんね。しかし、日本からルワンダに差し出すものはたくさんあるのです。技術移転や資金援助に限りません。大切なことは、何よりもまずルワンダの人びとも人間であるというこの厳然たる事実に日本の人びとが向き合うことです。ルワンダの子どもも日本の子どももこの地球において同じように重要だということを責任をもって行動で示すことです。これは道徳心の問題です。世界のなかで自らの存在をどう位置づけるかということです。
 資金援助でいいではないか、という声もあるでしょう。しかし、国のあるべき姿を伝え、国の道徳的な規範を取り戻す手助けをすることこそが重要なのです。
 時間はかかるでしょうが、実現は可能です。なぜなら、この人権を大切にするという考えは、これから先、ますます世界中に浸透していくからです。わたしたちはすべて同じ人間で、みな平等なのだという信念は、時間とともに、国際的な、世界的な意思伝達を通して、より一層わたしたちの社会の良心を形づくっていくことになるでしょう。
 わたしたちは、人の権利と可能性が脅かされ、世界中で恐怖がまかり通るさまを目の当たりにしたなら、そこから目をそむけることなどできません。実現するにはあと2世紀かかるかもしれません。しかし、2世紀もすればわたしたちは皆平等だということに気づくことができるのです。そうすれば、摩擦や違いから争いになるということはなくなるのです。それまでには、大勢の人が死に、多くの機会が失われることになるかもしれません。しかし、わたしたちがしっかりと手を携えてゆけば、ゆっくりとした歩みではあっても、人権を守るというわたしたちの考えを進歩させていくことができるのです。

【『ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く』 ロメオ・ダレール+伊勢崎賢治〈いせざき・けんじ〉(2007年、NHK出版)】

 この書を読んで、それに対して何か言葉を綴ることが出来るほどの、知識も、覚悟も、私は持ち合わせていない。ジュノサイドのことを書物で知り、その事実に対して怒りを感じはするが、ではルワンダのために自らの血を流せるのかと問われれば、私は無言で頭を垂れることしか出来ない。

 自らの生命を賭けて、世界を良くするために戦っている二人の言葉は重い。

 自死を決断させるほどの地獄を乗り越え、2世紀先を見据えて真剣に戦う人間が、同じ時代に生きていることを私は知った。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

寡黙なる巨人

 ★★★★★☆☆☆☆☆

 寡黙なる巨人 (集英社文庫)

 読了3冊目。

 国際的な免疫学者である多田富雄氏は、2001年に脳梗塞で倒れ、生還したものの右半身麻痺、言語障害の後遺症を負った。

 その多田富雄が全身全霊で綴った闘病記である本書『寡黙なる巨人』は、第7回小林秀雄賞受賞作だが、私には何だか少し読みにくかった。その理由が、自分でも今ひとつ判らないのだが……。

「以下引用」

声を出して読むこと

 一昨年(二〇〇一年)脳梗塞になってから、めっきり読書力が落ちた。それは理解力の減退という問題もあるが、左手だけしか使えないので、本を持ってページをめくることができないというもう一つの原因が重なったからだ。嘘だと思ったら、片手だけで新聞を読んで御覧なさい。
 必要なときは家人に読んでもらう。頭に入れるにはこれが最も速い。といっても自分で音読することもできない。重度の構音障害で言葉が話せないからである。
 それで思いついたことがある。江戸時代の子供の教育には、『論語』を音読させた。分からぬままに音で覚えさせた。意味は後から知れば良い。音読は一番よい読書法だった。もうそれも出来ない。
 同じことは江戸時代の謡曲ブームにも言える。節をつけて、謡曲を暗記するのは武士のたしなみであった。どんなに方言がきつくても、謡曲の言葉なら通じたという。参勤交代で日本国中の侍が集まった江戸城で謡の言葉が飛び交った。謡曲を習うことは、当時の武士階級の必須の教養であった。町人もこれに倣った。
 難しい大和ことばや漢語を連ねた謡曲の文章を、当時の人が全部理解していたとは思えない。教養とは、今それが役に立たなくても、いつか役に立つように蓄積するものなのだ。

【『寡黙なる巨人』 多田富雄〈ただ・とみお〉(2010年、集英社文庫)】

 教養とは、今それが役に立たなくても、いつか役に立つように蓄積するものなのだ。

 私はちょっと違うように思う。

 教養とは、それが役に立つとか立たないとは関係無しに蓄積するものなんじゃないだろうか。

 と、ここまで書いて私の脳味噌はフリーズした。教養って、そもそも何だ? 辞書が手元にないので、お手軽にウィキペディアで調べてみた。

 教養(きょうよう)とは個人の人格に結びついた知識や行いのこと。これに関連した学問や芸術、および精神修養などの教育、文化的諸活動を含める場合もある。

 

 判ったような、判らないような……。

 うーん。

 やっぱり全然判りませんな。

 疲れたので、寝ます。 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

天使がくれた戦う心

 ★★★★★★☆☆☆☆

 天使がくれた戦う心 (祥伝社文庫)

 ムエタイ戦士の頂点を二度も極めた男ヌンサヤームと、内気で気弱な日本人少年、内田との交流を描いたノンフィクション作品、『天使がくれた戦う心』を読了した。

 題材は素晴らしいのだが、踏み込みが今一歩浅いような印象を受けた。その割に対象と書き手との距離が、ノンフィクションにしては近すぎる。文章も、読みやすい部分と、何だか読みにくい部分とがあった。

「以下引用」

 六歳でムエタイを始めたグーピーは、イサーン地方の真ん中あたりにあるローイェットから、十歳のときに上京してきた。まだプロの資格を持てないグーピーは前座の草試合しか出られず、ファイトマネーも一試合で二百バーツ(約七百円)だった。それでも毎月少しずつ両親に仕送りを続けていた。十三歳、日本ならまだ中学一年生のグーピーも、両親の生活を支えるために戦う立派なムエタイ戦士なのだ。

 ムエタイ戦士はたとえ幼い子供でも、親に甘えたり友達と遊んだりという楽しみは捨てなければならない。その覚悟が持てるものだけが、ムエタイ戦士として他の出稼ぎ労働では見ることのできない一攫千金の夢を見ることが許されるからだ。内田のように憧れや、強くて逞しい心を手にしたくてムエタイをする者はケッチャンシンジムにはひとりもいなかった。タイの貧しい庶民にとって、ムエタイは生きていくための仕事に過ぎない。でも、生きていくための仕事だからこそ、なおさら強くて逞しい心がなければ生き残っていけないのだ。

【『天使がくれた戦う心』 会津泰成〈あいず・やすなり〉(2010年、祥伝社文庫)】

 タイには、ムエタイ戦士が十万人いると言われているそうだ。

 貧しさのために、戦う事を余儀なくされてリングに上がった少年は、七百円のために命を懸けて戦う。

 前座の草試合をも賭けの対象とする大人達の存在があるからこそ、少年達は貧しい親に仕送りをすることが出来る。

 トップクラスのムエタイ戦士の蹴り技は、本当にほれぼれしてしまう程に美しい。     
 彼らの蹴りは貧しい家族に金を送るために、自分と同じように家族を養っていたライバル達をリングに沈めてきたのだ。

 だから、悲しい程までに、彼らの蹴りは美しいのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新版 きけ わだつみのこえ ―日本戦没学生の手記―

 きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)

 ある課題を達成するために、本書、『きけ わだつみのこえ ―日本戦没学生の手記― 日本戦没学生記念会編』を買い求めて読んだ。

「以下引用」

木村久夫(きむら・ひさお)

 一九一八年(大正七)四月九日生。大阪府出身
 高知高等学校を経て、一九四二年(昭和十七)四月、京都帝国大学経済学部に入学
 一九四二年十月一日入営
 一九四六年五月二十三日、シンガポールのチャンギー刑務所にて戦犯刑死。陸軍上等兵。二十八歳

〈中略〉

 吸う一息の息、吐く一息の息、喰う一匙の飯、これらの一つ一つの凡てが今の私にとっては現世への触感である。昨日は一人、今日は二人と絞首台の露と消えて行く。やがて数日のうちには私へのお呼びも掛かって来るであろう。それまでに味わう最後の現世への触感である。今までは何の自覚もなくやって来たこれらの事が味わえば味わうほど、このようにも痛切なる味を持っているものであるかと驚くべきばかりである。口に含んだ一匙の飯が何とも言い得ない刺激を舌に与え、溶けるがごとく喉から胃へと降りて行く触感を、目を閉じてジッと味わう時、この現世の千万無量の複雑なる内容が、凡てこの一つの触感の中にこめられているように感ぜられる。泣きたくなる事がある。しかし、涙さえ今の私には出る余裕はない。極限まで押しつめられた人間には何の立腹も悲観も涙もない。ただ与えられた瞬間瞬間を有難く、それがあるがままに享受してゆくのである。死の瞬間を考える時には、やはり恐ろしい不快な気分に押し包まれるが、その事はその瞬間が来るまで考えない事にする。そしてその瞬間が来た時は、すなわち死んでいる時だと考えれば、死などは案外易しいものなのではないかと自ら慰めるのである。

【『新版 きけ わだつみのこえ ―日本戦没学生の手記― 』 日本戦没学生記念会編 (1995年、岩波文庫)】

 平和な時代に生まれた私は、戦争のなんたるかも知ろうとしないまま生きてきた。傲慢のそしりを免れ得ない。この世に生を受けるのが、50年ずれていれば、私もまた戦争に殺されていたであろう。
 引用した文章を綴った木村氏は、二十八歳の若さで刑に処された。

 歴史を忘れ去った時、戦争の悲惨を過去に閉じこめた時、愚かな人間は必ず同じ過ちを繰り返すだろう。平和を享受する私たちは、今や、戦争の犠牲になった数え切れない魂たちの叫びに耳を傾ける努力を完全に怠っている。
 この国が、再び戦争に巻き込まれないという保証は、どこにもない。

 戦争犠牲者になった方々の切なる声に耳を澄ます。

 戦争の足音を聞き逃さないように。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

映画レビュー インデックス(随時更新) 書籍レビューインデックス ルワンダ大虐殺 夜と霧 ニーチェの言葉 鬼平犯科帳 13日間で「名文」を書けるようになる方法 それでも人生にイエスと言う アクション映画 アニメ映画 アラフォーのオッサン看護師がドラッガーの『マネジメント』を読んだら イギリス映画 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち 奇跡の教室 グルメ・クッキング ゲーテ コミック コメディ映画 ゴリマッチョに至るまでの経過 サスペンス映画 サントリーミュージアム スポーツ スリラー タイ映画 ドキュメンタリー映画 ニュース ノンジャンル・ゲロゲロ日記 ハーバードの人生を変える授業 ハーバード白熱教室 フランス映画 ロシア映画 仕事の事 伝言 傑作映画 傑作本 傑作漫画 動画 心と体 心に響く言葉 怒りについて 恋愛映画 挫折映画 挫折本 携帯・デジカメ 文化・芸術 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映画 書籍 エッセイ 書籍 ノンフィクション 書籍 フィクション 書籍 ミステリー 書籍 対談集 書籍 小説 書籍 教育 書籍 新書 書籍 映画原作 書籍 箴言集 書籍 SF 書籍・雑誌 東日本大震災 殴り書き 海外ドラマ 漫才 漫画 空手 筋力トレーニングの記録 経済・政治・国際 芸能・アイドル 覚え書き 言語表現法講義 論語 革命 韓国映画 音楽 香港映画 SF映画