夜と霧 10

「以下引用」

 たとえば、こんなことがあった。現場監督(つまり被収容者ではない)がある日、小さなパンをそっとくれたのだ。わたしはそれが、監督が自分の朝食から取りおいたものだということを知っていた。あのとき、わたしに涙をぼろぼろこぼさせたのは、パンという物ではなかった。それは、あのときこの男がわたしにしめした人間らしさだった。そして、パンを差し出しながらわたしにかけた人間らしい言葉、そして人間らしいまなざしだった……。
 こうしたことから、わたしたちは学ぶのだ。この世にはふたつの人間の種族がいる、いや、ふたつの種族しかいない、まともな人間とまともではない人間と、ということを。このふたつの「種族」はどこにでもいる。どんな集団にも入りこみ、紛れこんでいる。まともな人間だけの集団も、まともではない人間だけの集団もない。したがって、どんな集団も「純血」ではない。監視者のなかにも、まともな人間はいたのだから。
 強制収容所の生活が人間の心の奥深いところにぽっかりと深淵を開いたことは疑いない。この深みにも人間らしさを見ることができたのは、驚くべきことだろうか。この人間らしさとは、あるがままの、善と悪の合金とも言うべきそれだ。あらゆる人間には、善と悪をわかつ亀裂が走っており、それはこの心の奥底にまでたっし、強制収容所があばいたこの深淵の底にもたっしていることが、はっきりと見て取れるのだ。
 わたしたちは、おそらくこれまでどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とはガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ。

【『夜と霧 新版』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

 世の中にはまともな人間と、まともではない人間の二つの種類の人間がいる。残念ながら顔を見ただけでは、その人間がどちらの種類かを判断する事は出来ない。

 また、あらゆる人間には、心の奥底に達する部分で、善と悪を分かつ亀裂が走っていると、強制収容所を生き延びた精神科医は主張する。人間らしさとは、善と悪の合金とも言うべきものであるのだ、と。

 善だけの人間も存在しないし、悪だけの人間もまた存在しないのだ。

 私は「善」でありたいと思い、行動し、生きている。

 しかし、私の心の奥深い部分に、亀裂で分けられた「悪」が存在しないなどと思い上がっている訳では無い。フランクルは「あらゆる人間」と述べているが、それは地獄をくぐり抜けた人間の、透徹した眼が見抜いた紛れもない事実であろう。

 人間はガス室を発明した存在なのだ。

 人間は原爆を使用した存在なのだ。

 私たちは、私たちが何者であるかを常に、その行動によって決定する存在なのだ。

 ガス室に押し込まれた人の「毅然とした祈り」を私は想像する。

 遠い過去の、異国の、自分とは関係の無い出来事だとは思わない。

 私は想像する。

 悔しさを。

 怒りを。

 悲しみを。

 そして何よりも恐怖を。

 私はこのブログで、「夜と霧」を取り上げる最初に、『ヴィクトール・E・フランクルが著した「夜と霧」は、人類にとっての「希望の教科書」とでも言うべき書物である』と書いた。

 教科書で学ぶのはもちろん大切であるが、それよりももっと大切なのは、教科書で学んだ事を、人間(自身も含め)の幸福のために、世界の平和のために、現実の行動の中に活かしていくことである。

 そうすることだけが、地獄のガス室で行われた「毅然とした祈り」に報いる、唯一の方法なのだと私は心から思う。

「夜と霧」に関する考察は本日の文章をもって、一旦終了とさせてもらいます。

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夜と霧 9

「以下引用」

 ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考えこんだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。

【『夜と霧 新版』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

「どうして、私は生まれてきたのだろう?」

「何のために人間は生きているのだろうか?」

 という種類の問いかけを、自分自身にしたことのある人は多いだろう。

「自分なんて生まれこなければ良かったのに」、と思い悩んだことが私にもある。

 フランクルはそれらの問いや悩みに対して、

「もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ」

 と、コペルニクス的発想の転換を私たちに迫る。

 私たちは生まれてきたのだ。生きる事の意味が判ろうと、判らまいと、私たちは生きているのだ。どれだけ自分に問いかけようと、きっと誰にも正しい答えなど見つけられないのだ。
 しかし、「生きることの意味を問う」ということは、決して悪いことでは無い、と私は思う。何も考えず、刹那的に生きるよりはいい。

 フランクルの言葉に対する私の解釈を述べてみたい。

「生きる事の意味」を弄び、観念の遊技に浸ってばかりいては、もっと大切な、「どのように生きるのか」という具体的な身の処し方に関わる自身の哲学を疎かにしてしまうことに繋がる。

 どのように生きるか? という問いは、日々、そして時々刻々と私たちに突きつけられていて、観念ではなく、ひとえに行動によって答えていかなければならない。私たちの普段の行動のすべてが、実は、突きつけられた質問に対する「答え」なのである。

 たとえどんな境遇に置かれようとも、「私たちは『生きること』から何かを期待してはならない」と、強制収容所を生き延びたフランクルは言う。

「絶望している人よ、違うのだ」と。

「生きること」から何かを期待している限り、「絶望」から這い上がることは出来ない。そうでは無くて逆に考えるのだ。

「生きること」が私たちに何を期待しているのか、と。

 地球上に最初の生物(ウィルスに近いもの)が誕生した38億年前から、脈々と受け継がれてきた結果としての「生命」を私たちはこの身に宿して生きている。
 38億年という途方もない歳月にわたる生命の歩みを、決して軽く考えてはならない。

 奇跡の数え切れない連鎖の果てに、私たちはこの地球という星に生を受けたのだ。

 故に、「生きること」が、私たちに、何も期待していない訳など絶対に無い。

 私たちは誰もが皆、「生きること」の期待に応える義務があるのだ。 

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夜と霧 8

「以下引用」

 一方の死に至る自己放棄と破綻、そしてもう一方の未来の喪失が、どれほど本質的につながっているかを劇的に示す事件が、わたしの目の前で起こった。わたしがいた棟の班長は外国人で、かつては著名な作曲家兼台本作家だったが、ある日わたしにこんなことを打ち明けた。
「先生、話があるんです。最近、おかしな夢をみましてね。声がして、こう言うんですよ。なんでも願いがあれば願いなさい、知りたいことがあるなら、なんでも答えるって。わたしがなんとたずねたと思います? わたしにとって戦いはいつ終わるか知りたい、と言ったんです。先生、『わたしにとって』というのはどういう意味かわかりますか。つまり、わたしが知りたかったのは、いつ収容所を解放されるか、つまりこの苦しみはいつ終わるかってことなんです」
 わたしはいつその夢をみたんですか、とたずねた。
「一九四五年二月」と、彼は答えた(そのときは三月の初めだった)。
 それで、夢の中の声はなんて言ったんですか、とわたしはたたみかけた。相手は意味ありげにささやいた。
「三月三十日……」
 このFという名の仲間は、わたしに夢の話をしたとき、まだ充分に希望をもち、夢が正夢と信じていた。ところが、夢のお告げの日が近づくのに、収容所に入ってくる軍事情報によると、戦況が三月中にわたしたちを解放する見込みはどんどん薄れていった。すると、三月二九日、Fは突然高熱を発して倒れた。そして三月三十日、戦いと苦しみが「彼にとって」終わるであろうとお告げが言った日に、Fは重篤な譫妄状態におちいり、意識を失った……三月三一日、Fは死んだ。死因は発疹チフスだった。

【『夜と霧 新版』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

 心が希望を失った時、肉体は死を迎えた。

 精神と肉体が、どれだけ密接な関係であるかを示した一例である。

 実際科学的にも、笑いが先天免疫の主要因子として働くリンパ球の一種、ナチュラル・キラー細胞を活性化させて、免疫力を向上させるという事は証明されている。

 フランクルの仲間F、という人物は、決して正夢をみた訳では無い。

 希望を失った心が身体の免疫力低下を引き起こし、その結果、発疹チフスを発症させてしまったのだ。

 翻って我々も、不況、治安悪化、環境問題など、マスコミの煽るネガティブな報道に、決して希望を失ってはならない。マスコミは視聴率さえ取れるのであれば、影響力などはまるで考えずにセンセーショナルな報道を繰り返す。

 無責任なマスコミの影響で、世の中がどれほど暗く住みにくくなった事か。

 確かに、事実に基づいて、起きてしまった凶悪事件やその他様々な事象を報道する事は、社会に必要で有意義な行為である。しかし、現在のマスコミの報道は、何か本来のジャーナリズムとはかけ離れているような印象を受ける。それに、少しエモーショナルに傾きすぎているのではないか。

 統計的にみれば凶悪犯罪の件数自体は減り続けているそうだ。

 視聴率のとれる報道に終始するばかりではなく、犯罪を減らすために「本来のジャーナリズム」が果たせる役割について本気になって検討して欲しい。マスコミの影響力は計り知れないのだ。

 話を本題に戻す。

 今現在つらい状況にいる方々へ

 疲れたら休めばいい。
 でも、断固として絶望など寄せ付けてはならない。
 絶望を引き寄せる弱気など、無視! 無視! 無視! に次ぐ無視!

 ゆっくりと息を吸い、現実を確かに見極めるのだ。
 問題は何か? どうすれば解決できるのだ? 出来なければ少し近づくだけだっていい。

 とにかく、生きている限り強気で希望を持ち続けるのだ。

 周りの人間が無理だと思えば思うほど、面白くて仕方が無いじゃないか。
 俺は、君は、それをやり遂げるんだから。

 明けない夜は無い。
 地球は回っているんだ。

 止まない雨は無い。
 止まなきゃ傘をさせばいい。

 超えられない壁など存在しない。
 どうしても超えられなきゃ壊せばいい。

 冬は必ず春になる。
 春の次は夏。

 状況は必ず変わる。
 変わるんじゃなくて「変える」。

 戦い方は無限に存在する。
 だから、その先にある希望も無限に存在するのだ。

 だから断じて希望を捨ててはならない。

 生き残るために、幸福を勝ち取るために、絶対的に必要な武器こそは希望である。

 私も、死が訪れる瞬間まで、希望を築き持ち続けていく。

 その希望は、たとえ私が死んでも朽ち果てることは無いだろう。 

 すいません。
 本題には戻せませんでした。

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夜と霧 7

「以下引用」

 強制収容所にいたことのある者なら、点呼場や居住棟のあいだで、通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、なけなしのパンを譲っていた人びとについて、いくらでも語れるのではないだろうか。そんな人は、たとえほんのひと握りだったにせよ、人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない、実際にそのような例はあったということを証明するには充分だ。
 収容所の日々、いや時々刻々は、内心の決断を迫る状況また状況の連続だった。人間の独自性、つまり精神の自由などいつでも奪えるのだと威嚇し、自由も尊厳も放棄して外的な条件に弄ばれるたんなるモノとなりはて、「典型的な」被収容者へと焼き直されたほうが身のためだと誘惑する環境の力の前にひざまずいて堕落に甘んじるか、あるいは拒否するか、という決断だ。
 この究極の観点に立てば、たとえカロリーの乏しい食事や睡眠不足、さらにはさまざまな精神的「コンプレックス」をひきあいにして、あの堕落は典型的な収容所心理だったと正当化できるとしても、それでもなお、いくら強制収容所の被収容者の精神的な反応といっても、やはり一定の身体的、精神的、社会的条件をあたえればおのずあらわれるもの以上のなにかだったとしないわけにはいかないのだ。そこからは、人間の内面にいったいなにが起こったのか、収容所はその人間のどんな本性をあらわにしたかが、内心の決断の結果としてまざまざと見えてくる。つまり人間はひとりひとり、このような状況にあってもなお、収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。典型的な「被収容者」になるか、あるいは収容所にいてもなお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは、自分自身が決めることなのだ。
 かつてドストエフスキーはこう言った。
「わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」

【『夜と霧 新版』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

 どのような環境におかれようと、どう行動するかを選択するのは自分である。

 行動に対する責任はすべて、どんな場合にも自分自身が負うのである。もっともらしい理由をあげ連ねて言い訳をしようと。環境のせいにして責任逃れの言葉を並べ立てようとも。

 強制収容所という地獄も、「あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない」とフランクルは述べている。

 カポーとして残虐な行為に及ぶのか、なけなしのパンを人に譲るのか、最後に自分の行動を決めるのは、紛れもなく「自分」なのだ。

 なけなしのパンを人に分け与えていた被収容者の方は、どんな信念に基づいて行動していたのだろうか。強制収容所における一欠片のパンは、まさに生命そのものである。

 私は以前、三日間のファスティング(断食)に挑戦したことがあるが、固形物を何も口に出来ない事のストレス、空腹の辛さは想像以上だった。比べるのも罰当たりであるが、被収容者の方々の空腹は、もちろん、そんな生易しいものとは桁違いのものだったであろう。

 同じ状況に立たされた時、私は自分のパンを別の人に分け与える事など、残念ながら絶対に出来ないだろう。

 パンを分け与えた人物の勇気には目が眩む。

 反対に、「このパンをどうぞ」と命のパンを差し出された時、私は一体どう行動するだろうか。

「お気持ちだけで充分です。ありがとうございます。そのパンはどうか、あなたのためにご自分でお召し上がり下さい」

 パンを差し出す痩せこけた相手に、涙を流して感謝しながらそう言えるだろうか。

 「わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」

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夜と霧 6

「以下引用」
 主体性をもった人間であるという感覚の喪失は、強制収容所の人間は徹頭徹尾、監視兵の気まぐれの対象だと身をもって知るためだけでなく、自分は運命のたわむれの対象なのだと思い知ることによって引き起こされた。ふつう五年、あるいは十年たってはじめて、人生なにが幸いするか禍(わざわい)するかがわかるものだ―わたしはつねにそう考え、また口にしてきもきた。ところが、強制収容所で学んだことは、それに訂正を迫った。禍福が十分、あるいは五分もたたないうちに判明する経験を、わたしたちはいやと言うほどしたのだ。
【『夜と霧 新版』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

 人生何が幸いし、何が禍するかは後になってみないと判らない。その言葉にはきっと、多くの人が共感することだろう。

 しかし、フランクルの言う禍福は、生き延びるか、ガス室で殺されるかという究極の次元に位置している。しかも、結果が明らかになるまでの時間が十分、あるいは五分もたたないうち、というのだから、その激しさは常人の想像を遙かに絶する。

「以下引用」
 アウシュビッツで迎えた最初の朝、親衛隊(SS)の将校が点呼にやってきた。仲間は、四十歳以下はこっちへ、以上は向こうへ、と分けられた。さらに、金属加工工と自動車整備工が別にされ、そこでまた数人の仲間がはねられた。
 一グループは別の収容棟につれていかれ、そこでまたしても点呼のために整列させられた。わたしもその中にいた。さらなる選別がおこなわれ、たとえばわたしは、「年齢、職業」という質問に短くきびきびと答えたのち、小さなグループに入れられた。わたしのグループはさらに別の棟につれていかれ、そこですぐさま新たなグループ分けがおこなわれた。そんなことが数回あって、しまいにわたしはとんでもない貧乏籤(びんぼうくじ)を引いたと感じた。周囲は異質な、わたしにはさっぱりわからない外国語を話す人びとばかりだったのだ。
 ところが、最後の選別で選抜され、わたしは最終的な居住棟に追いやられた。そこでわたしは、思いもかけないことに、旧知の仲間や同じ町の出身者や同僚に囲まれた。もとの棟にもどっていたのだ。みんなは、わたしが今まであちこち追い回されていたことに、まったく気づいていなかった。だがわたしは、ほんの短いあいだになんとさまざまな運命がかすめたことか、そのどれも現実になってもおかしくなかったのだ、と感じていた……。 先の「病人収容所」への患者移送団が編成されたとき、わたしの名前と番号がリストにあがっていた。医師が必要だったのだ。だが、移送団が向かう先がほんとうに病人収容所だと考えている者はいなかった。とっくに知恵をつけていたからだ。
 すでに二週間前、同じような移送団が編成されたのだ。しかしすでにおおかたの人びとは、移送団は病人収容所には向かわない、これは「ガス室行き」だ、と受けとめていた。ところが不意に告知がなされた。希望すれば病人収容所行きのリストからはずされる、ただし、その者は(恐れられていた)夜間シフトに志願すること、というのだ。八十二人の仲間がただちにこれに応じた。その十五分後、移送中止が告げられた。だが、八十二名は夜間シフトのリストに組みこまれてしまったあとだった。その大半は、二週間以内に命を落とした。
【『夜と霧 新版』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

 今回、書いた部分は両方とも、「運命のたわむれ」と題された章から引用した。

 病人収容所送り(ガス室送り)を逃れて生き延びるために、八十二名の被収容者は必死で夜間シフトを勝ち取った。夜間シフトも被収容者達からは恐れられていたが、ガス室で殺されるよりはマシと考えたからだ。

 病人収容所への移送中止が十五分早く告げられていれば、結果はまるで別のものに変わっていた。

 運命に抗うための八十二名の戦いは、完全に裏目に出てしまったと言える。

 戦いを勝ち超えた筈の八十二名の大半が、夜間シフトのために二週間以内に生命を落とすことになったのだ。

 生きていく中で、私たちは数え切れない回数の選択をしなければならない。人生の大問題や、日常の些細なことまで。

 本人が、選択とは思わないうちにしている場合もある。電車通勤をしていて、何の気為しにいつも同じ二番目の車両に乗っているとか。そんな無意識の選択が、もしかしたら命拾いする結果に繋がるかも知れない。もちろん、その逆だってある。

 考えに考え抜いてした選択が正しいとは限らないし、適当にいい加減に選んだ結果が幸運を呼び寄せるケースもあることだろう。

 だから適当に選択していった方が楽だよ、っていう話ではない。だからこそ思い悩むべきだし、開き直らないと決断出来ない選択だってある。

 人間なんだから、悩んで当然だと私は思う。先のことなんて誰にも判らないのだ。

 面識は無かったが、同じ職場に勤めていた人が数年前、高速道路の渋滞の最後尾につけていて、不幸にもノーブレーキの大型トレーラーに追突されて亡くなられた。
 右の車線にいたのか左の車線にいたのかは判らないが、逆の車線で最後尾についていれば追突は避けられていたのだ。その場合は別の車が追突されていたであろうが。

 人間の「幸福」と「不幸」を分ける境目には、一体何が存在しているのだろうか。どんな理由でその人物の禍福が決定されるのか。すべては偶然の産物に過ぎない、と主張する人もいるが、私はそうは思わない。

 以前、因果応報という言葉を信じていると私は書いたが、普段の行いを良くすれば結果として不幸な目に遭わない、などという単純なものでは無いようにも見える。なにも悪い事をしていない善良な人間が不幸にして重い病いに苦しんだり、また逆に、悪い事ばかりをして人に迷惑をかけ通しだった人物が、金銭的な不自由に陥る事も無く天寿を全うしたりというような事もままあるからだ。

 考えると非常に腹立たしいが、そんな事実を目の当たりにすると、「因果応報」ということの説明がまったく出来なくなってしまう。

 人間の幸福・不幸はそんな尺度では簡単に表せないという論理があることも承知しているが、貧困の中に生まれ落ち、親の愛情も知らずに飢えて死んでいく赤ん坊は、断じて幸福とは言えないであろう。

 どうしてフランクルをはじめとして、ユダヤの方々は、ホロコーストという悲惨に遭わなければならなかったのか?

 前世からの因縁?

 そんなものでは納得は出来ない。生まれる前の事も、死んだ後の事も、そんなものは今を生きている私たちには関係が無い。私たちは今しか生きられないのだ。過去は過ぎ去り。未来はまだない。あるのは今だけである。

 だからやがて「今」になる明日を良く生きるために、「今日」を良く生きるための努力を重ねるのだ。

 では因果応報は嘘なのか?

 否である。

 この宇宙は、原因と結果の法則に厳然と貫かれていることを私は信じる。

 人智の及ばない、人間の眼には見えない、人間の幸・不幸を決定する要因がきっとあるのだろう。因果応報という法則だけが、現実世界の現象をすべて形作っているのではないということだ。

 仏法に、「願兼於業」という言葉がある。

 願兼於業とは、善い因を積んできた菩薩が、苦しんでいる衆生を救うために、自ら望んで悪世に生まれ出てくるという意味の言葉である。

 そして、人間一人一人の内部に、それらのすべてを包含した現実の世界を、良い方向へ、良い方向へと変革していく力が存在しているのだ、ということも私は信じている。

 何故それを信じているのか? と問われれば正直、どう答えていいか判らない。どうしてそう信じられているのかは、自分でも上手く説明が出来ない。

 だが、私は人間を信じている。生まれたばかりの赤子が、無条件で母親を信じるように、私は人間という種を信じている。

 とりとめのない解りにくい文章で非常に申し訳ありません。今の私に書けるのはこれが精一杯です。

 読んでくださった方、最後まで読んで頂き本当にありがとうございます。

 最後にもう一つだけ、私の考えを書く。

 どんな状況に遭遇しようとも、死ぬ瞬間まで人生を決して諦めてはならない。

 その時は「禍」にしか見えない事象も、後々になってみれば実は「福」なのかも知れないし、どうしようもない「禍」であっても、それを「福」へと転換する力を人間は備えているのだから。

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夜と霧 5

「以下引用」
 被収容者の内面が深まると、たまに芸術や自然に接することが強烈な経験となった。この経験は、世界やしんそこ恐怖すべき状況を忘れてあまりあるほど圧倒的だった。
 とうてい信じられない光景だろうが、わたしたちは、アウシュビッツからバイエルン地方にある収容所に向かう護送車の鉄格子の隙間から、頂が今まさに夕焼けの茜色に照り映えているザルツブルグの山並みを見上げて、顔を輝かせ、うっとりとしていた。わたしたちは、現実には生に終止符を打たれた人間だったのに―あるいはだからこそ―何年ものあいだ目にできなかった美しい自然に魅了されたのだ。
 また収容所で、作業中にだれかが、そぼで苦役にあえいでいる仲間に、たまたま目にした素晴らしい情景に注意をうながすこともあった。たとえば、秘密の巨大地下軍需工場を建設していたバイエルの森で、今まさに沈んでいく夕日の光が、そびえる木立のあいだから射しこむさまが、まるでデューラーの有名な水彩画のようだったりしたときなどだ。
 あるいはまた、ある夕べ、わたしたちが労働で死ぬほど疲れて、スープの椀を手に、居住棟のむき出しの土の床にへたりこんでいたときに、突然、仲間がとびこんで、疲れていようが寒かろうが、とにかく点呼場に出てこい、と急きたてた。太陽が沈んでいくさまを見逃させまいという、ただそれだけのために。
 そしてわたしたちは、暗く燃えあがる雲におおわれた西の空をながめ、地平線いっぱいに、鉄色(くろがねいろ)から血のように輝く赤まで、この世のものとも思えない色合いでたえずさまざまに幻想的な形を変えていく雲をながめた。その下には、それとは対照的に、収容所の殺伐とした灰色の棟の群れとぬかるんだ点呼場が広がり、水たまりは燃えるような天空を映していた。
 わたしたちは数分間、言葉もなく心を奪われていたが、だれかが言った。
「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」
【『夜と霧 新版』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

 強制収容所の被収容者たちの心を奪った「美しい世界」の中に、私たちは当たり前のように暮らしている。
 

 ありとあらゆる自然の中に美は溢れている。

「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」

 そう言った誰かは、きっと、その瞬間だけは自分が番号しか持たない被収容者であることを忘れられたことだろう。その短い時間が、どれほど被収容者だった誰かの心を慰めただろうか。

 繰り返す。

 地獄の収容所に押しこまれたユダヤ人達の、絶望を慰められるほどの美しき世界で私たちは日々を過ごしている。

 私たちはいつも心にとどめておくべきだ。

 この世界がどんなに美しいのかということを。

 世界はどうしてこんなに美しいんだ!
 

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夜と霧 4

「以下引用」

 殴られる肉体的苦痛は、わたしたちおとなの囚人だけでなく、懲罰をうけた子供にとってすら深刻ではない。心の痛み、つまり不正や不条理への憤怒に、殴られた瞬間、人はとことん苦しむのだ。だから、空振りに終わった殴打が、場合によってはいっそう苦痛だったりすることもある。たとえばあるとき、わたしは所外の線路にいた。吹雪が襲った。にもかかわらず、作業を中断することは許されなかった。体が芯から凍えてしまわないように、わたしはせっせと線路の間を砕石で埋めた。ほんの一瞬、息をつくために手を休め、つるはしにもたれた。運の悪いことに、同じ瞬間に監視兵がこちらを振り向き、当然、わたしが「さぼっている」と思いこんだ。そして、とっくに感情が消滅していたはずのわたしが、それでもなお苦痛だったのは、なんらかの叱責や、覚悟していた棍棒ではなかった。監視兵は、このなんとか人間の姿をとどめているだけの、尾羽打ち枯らし、ぼろをもとったやつ、彼の目に映ったわたしというやつを、わざわざ罵倒する値打ちなどないとふんだ。そして、たわむれのように地面から石ころを拾いあげ、わたしに投げた。わたしは感じずにはいられなかった。こうやって動物の気をひくことがあるな、と。こうやって、家畜に「働く義務」を思い起こさせるのだ、罰をあたえるほどの気持ちのつながりなど「これっぽっちも」もたない家畜に、と。
【『夜と霧 新版』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

 殴られる肉体的な苦痛より、不正や不条理によって受ける精神的な苦痛のほうがつらいのだ、とフランクルは書いている。これは決して肉体的な苦痛を軽んじている訳ではないであろう。

 ただ、肉体と精神は決して切り離せない。

 肉体的苦痛と精神的苦痛は、一概にどちらの方がつらいか簡単には決められないものだ。肉体的に何の問題も抱えていなくても、精神的に追い詰められたせいで身体症状を起こした経験は誰にでもあるだろう。

 監視兵は絶対的な立場からフランクルを見下し、サディズムを満たすために石ころを投げた。

 監視兵に石を投げさせたのは、ユダヤ人は絶滅させるべき人種なのだという狂った思想である。思想は人間を、崇高な存在にも冷酷な存在にも変えてしまう。

 差別とは思想である。しかも、やっかいな事に感情を伴って非常に根深い。

 それにしても、フランクルという人物は誇り高い人物だ。
 もし石を投げられたのが私であれば、「ああ、よかった」と、危害を加えられなかったことに胸を撫で下ろしていることだろう。

 ホロコーストに荷担するような人間に、どう思われようとどうだっていい。

 家畜と思うならばそう思えばいい。

 大切なのは生き延びることであって、悪魔に人間扱いを受けることではないのだ。

 どうしてフランクルはそう思えなかったのだろうか、今の私にはその答えは見つけられない。

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夜と霧 3

「以下引用」
 間近に迫った移送の話に戻ろう。そんなとき被収容者には、ことを一般化したりモラルにてらしたりして考える時間のよゆうなどなかった。また、そんなことをする気もなかった。だれもが家で自分の帰りを待っている家族のこと、自分が生きながらえること、収容所内の友情でつながっているだれかを守ることしか考えなかった。それで、ためらうことなくほかのだれかを、ほかの「番号」を、移送団に押しこもうとしたのだ。
 先に述べたことからも察しがつくように、カポーは劣悪な者から選ばれた。この任務に耐えるのは、ありがたいことにもちろん例外はいたものの、もっとも残酷な人間だけだった。親衛隊員にあてはまるような、ある種の優秀者を上から選ぶ選抜とならんで、劣悪者を下から選ぶ選抜というものもあったのだ。収容所暮らしが何年も続き、あちこちたらい回しにされたあげく一ダースもの収容所で過ごしてきた被収容者はおおむね、生存競争のなかで良心を失い、暴力も仲間から物を盗むことも平気になってしまっていた。そういう者だけが命をつなぐことができたのだ。何千もの幸運な偶然によって、あるいはお望みなら神の奇跡によってと言ってもいいが、とにかく生きて帰ったわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と。
【『夜と霧(新版)』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

 いくつもの幸運と奇跡が重ならなければ継続できない生命。

 被収容者はもはや人間ではなく、被収容者番号という数字でしかない。

 寒さ、飢え、病気、理不尽な暴力、愛する者たちとの別離、突然行われるガス室への移送、そんな過酷な状況が、いつ終わるのかまるで見当も付かないような状況で何年も続けられた。

 極限的な文字通りの生存競争の中で、感情もモラルも麻痺してしまうのは当然だっただろう。

 暴力も仲間から盗むことも平気になってしまった者だけが生き延びたのだ、と収容所から生きて帰ったフランクルは告白している。いい人は帰ってこなかった、と。

 フランクルの言葉はきっと真実なのだろう。被収容者として生き延びる過程で、フランクルはどんな罪を犯したのだろうか。犯した罪はフランクルをどう苦しめたのだろうか。

 目の前のパンを盗まなければ生きられないような状況に立たされたとき、私はどんな決断を下すのだろうか。

 あなたならどんな決断を下すのだろうか。

 正しくありたいという願いを門前払いする威力を、生き延びたいという人間の本能は兼ね備えている。どうしようもない空腹を満たすために、他人のパンを盗み食うという誘惑をはね除ける自信は私には無い。

 たとえその行為が他人の生命を奪うことにつながるとしても。

 この問いに、自信があると断言できる人物は、本物の善というものを兼ね備えて持っているか、単に想像力が乏しいかのどちらかだろう。

 いい人は帰ってこなかった、という血を吐くような告白は、薄っぺらなヒューマニズムなどはまるで寄せ付けない迫力を持っている。フランクルは自身が犯した罪を無視しては生きなかった。

 死よりもつらくて苦しい筆舌に尽くせぬ試練を、時として人間は乗り越えなければならない。

 正しさを保つために死を選んだ人間の、生き延びた事に罪を感じて正直に事実を告白する人間の、崇高なる魂を思うとき、人生のはかなさともののあはれに私は心を揺さぶられる。

 ここまで書いて、もう一度先ほどの問いに立ち返りたい。

 たとえ死を迎えることになろうとも、私は「正しさ」を保つことを決意する。

 フランクルの告白を、私は今や、心にしっかりと刻み込んだからだ。

 ※カポーというのは、被収容者を取り締まるために、同じ被収容者の中から選ばれた者のことである。

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夜と霧 2

「以下引用」
 もしも強制収容所に入ったことのない部外者が、小規模収容所の被収容者のあいだに吹き荒れていた生きのびるための過酷な戦いに思いを馳せず、収容生活をセンチメンタルに思い描いて高をくくり、そんなにひどくなかったのだと考えたなら、収容所の日常に間違ったイメージをもつことになる。日々のパンのための、あるいはただたんに生き延びるための戦いは熾烈をきわめた。自分自身のためであれ、あるいは友情でむすばれたごく小さな集団のためであれ、とにかくわが身かわいさから、人は容赦なく戦った。
 たとえば、近く被収容者が移送される、一定数の被収容者が別の収容所に移されるらしい、と聞いたとする。わたしたちは、それはまやかしだ、と考える。なぜなら当然、その移送とは「ガス室送り」だと、選ばれるのは病人や衰弱した人びとで、労働に適さない被収容者が、ガス室と火葬場をそなえた中央の大きな収容所で抹殺されるために淘汰されるのだ、と憶測するからだ。とたんに、すべての人がすべての人がすべての人を敵に回した抗争が、グループ同士の抗争が始まる。一人ひとりが、自分と自分の親しい者たちが移送されないよう、移送リストから「はずしてくれるよう嘆願する」ことに、ぎりぎりの土壇場まで死にものぐるいになる。だれかが抹殺をまぬがれれば、だれかが身代わりになることははっきりしていた。この際、問題なのは数だけ、移送リストをみたす被収容者の数だけなのだ。一人ひとりはまさにただの数字であって、事実、リストには被収容者番号しか記入されなかった。
【『夜と霧 新版』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

 強制収容所での生活が想像を絶する最悪の環境であったことを、私たちは、残された被収容者たちの写真を見ることで知ることができる。手足・体幹部は極端にやせ細り、腹部は飢餓浮腫のために膨らんでいる。

 日々のパンのために、ただ単に生き延びるために、熾烈な戦いを繰り広げなければならない生活、そんなにひどくなかったなどと高をくくる者などいないだろう。

 過酷すぎる環境の中、被収容者たちの生命は虫けら以下の扱いで、たやすく残忍に奪われていく。

 そのような状況に追い込まれたとしたら、私も、自分自身や愛する者たちを守るために容赦なく必死に戦うだろう。たとえ、その結果のために、他の人間が殺されることになるとしてもだ。

 誰がその選択を避難できるだろう。熾烈な戦いの末に、身代わりに奪われていく生命を踏み越えるようにしてホロコーストを生き延びた人々のことを、一体誰が責められるだろうか。
 事象の表面だけを見れば「被収容者同士」の戦いであるが、その時の状況を考えてみると本質は決してそうではない。彼らは生き延びるために戦ったのであって、殺すために戦ったのではないのだ。

 お互いに熾烈な戦いを繰り広げていながらも、憎むべき敵はホロコーストを行った側の人間であったのだ。誰かが生き延びるために自分が身代わりにならなければならなかったとしても、その怒りは生き延びた誰かには向けられなかったのではないだろうか。

 これは平和に囲まれた状況にある私の考えであって、実際のところはどうだったのかは知りようがない。自分がその場所に放り込まれたらどうだろうか、と心を鎮めて想像することしか私には出来ない。

 ホロコーストを目的にして作られた収容所に押し込まれていて、誰かの身代わりになって自分の家族がガス室に送られたとする。
 生き延びた誰かも私と同じ被収容者で、やせ細った体に過酷な労働を科せられていて、生命は風前の灯火である。

 私は怒りの拳を彼に叩き付けるだろうか。

 因果関係がハッキリとしていれば、私はもしかしたら彼を殴りつけてしまうかも知れない。判らない。

 でも、許す。涙を流して。怒りを真実の敵に向けて。

 いや、許せる人間でありたい。

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夜と霧 1

 第二次世界大戦中、ナチスによって強制収容所に送られたユダヤ人医師、ヴィクトール・E・フランクルの著書、「夜と霧」を読んだ。

 自身の人間性の向上のために、今後、数回に分けて思索していきたい。 

 ナチスのホロコーストによって殺害されたユダヤ人の数は、一般的に600万人とされている。

 ユダヤ人というだけの理由で、家族と引き離された上に自由を奪われ、過酷な気象条件のもとでろくな食事も与えられないまま重労働を課せられ、適性から外れたと判断されればガス室に送られて殺された。

 ユダヤ人という理由だけで。

 その数600万人

 600万通りの地獄がこの世界に作り出されたということだ。ホロコーストを生き延びた人間、行った側の人間が背負う地獄も合わせれば、一体どれだけの地獄がこの地球上に生み出されたのだろう。
 行った側の人間が背負う地獄。私は因果応報という言葉を信じている。ガス室に人間を放り込んだ人間の末路には、訳もなく殺害された人々以上の苦しみが必ず待ち受けている。

 それにしても人間の残虐には限りというものが無い。人間にもともと備わっている残虐性に、狂った思想が合わさった時、負のエネルギーは想像を絶する大爆発を起こす。この地球上のすべてを破壊し尽くす「負」のエネルギーが、人間という生物の残虐の中には潜んでいる。
 世界中に溢れている核兵器の総量は、地球上に存在するすべての生物を何度も絶滅させるほどの威力を備えている。

 どうか私の文章を読んで絶望しないで欲しい。

 本書に綴られているのは、ホロコーストを目的として作られた「強制収容所」という本物の地獄の底にあっても、それでも人間は希望の光を輝かせることが出来るのだ、という紛れもない事実の証明である。

 ヴィクトール・E・フランクルが著した「夜と霧」は、人類にとっての「希望の教科書」とでも言うべき書物である。
 
【『夜と霧 (新版)』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

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