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水滸伝(上) ☆アラフォーブロガー、確かに「てかげん」は必要無しと感じながらも苦笑いすること

 ★★★★★★★★★★×3

 水滸伝 上 (岩波少年文庫 541)

 読了三冊目。

 小学生の頃に読んだ岩波少年文庫版の『水滸伝』を、三十年ぶりに何故かもう一度読み返している。

 いやあ面白いっす。

「以下引用」

(花和尚魯智深、五台山で大あばれすること)より

 近よって見ると、ごく小さな居酒屋だ。魯智深はずいと中にはいると、窓ぎわの食卓に向かって腰をかけ、

「これ亭主、わしは旅の僧だが、一杯たのむ」

といった。亭主は彼の様子を見て、

「和尚さん、どちらからおいでで?」

「わしは行脚の僧で、方々まわってこちらにまいったのだ。一杯つけてくれ」

「和尚さん。もしも五台山のお坊さまでしたら、おことわりいたしますよ」

「いや、わしはそうではないのだ。さあ、はやいとこたのむぞ」

 亭主は魯智深の様子やことばのなまりがちがうので、信用して、

「お酒はいかほどさし上げましょう?」

「いかほどもヘチマもない。大きな碗にたのむぞ」

 立てつづけにおよそ十杯ほども飲んだろうか。魯智深はいった。

「肉はないか? 一皿くれ」

「午前中だと牛肉がございましたが、すっかり売れっちまいました」

 そのとき、プーンと肉のにおいがした。空地に出てみると、塀のところで土鍋に一ぴきの犬をにていたので、智深はいった。

「犬の肉があるじゃないか。どうしておれに売ってくれないんだ?」

「あなたさまはご出家だから、犬の肉なんぞおたべになるまいと思いまして」

「銀子はここにあるぞ」

 魯智深はそういって、銀子を亭主に渡し、

「それを半分くれ」といった。

 亭主は手早く半分だけ切って、ニンニク味噌といっしょに出した。智深大いによろこび、その犬の肉を引きさき、ニンニク味噌をつけて食い、つづけざまにまた十杯ほどもあおった。飲むほどに調子がついて、どんどん注文し、てんでとめどがない。亭主はすっかりあきれてしまって、

「和尚さん、もうそのへんでおよしになったら?」

というと、魯智深はギョロリと目をむいて、

「おれはただ飲みしてるわけじゃないぞ! 何をいうか!」

「あといかほど?」

「もう一桶もって来い」

 亭主は仕方なしに、また一桶くんで来た。

 魯智深はまたたく間にまたその一桶を飲んでしまい、一本だけ食いのこした犬の足をふところにねじこんだ。そして出ていくときいった。

「のこった金の分は、明日また飲みに来るぞ」

 亭主は驚いて、口はあんぐり目はぱちくり、どうしてよいかわからず、智深が五台山へ登って行くのを茫然と見送るばかりであった。

【『水滸伝(上)』 施耐庵 作〈松枝茂夫 編訳〉(1959、岩波少年文庫)】

 子供の頃の私が一番好きになった登場人物が、この花和尚魯智深だった。

 もう、やたらと大酒飲みで、メチャクチャに暴力的である。

 初めて読んだのが小学校の三年生の頃だったので、酒も飲んだ事が無ければ、犬の肉も食った事は無いのに、無性に美味そうに感じられてならなかった。

 編訳者、松枝茂夫氏の「はしがき」に、

『また少年向としてとくにてかげんをすることもほとんどしていません。その必要もありませんでした。というのが、原書はそのままで、大人にも子供にも同様に面白い上に、きわめて健康的な読物だからです。』

と書かれているが、結構えぐい事が(人肉まんじゅうとか)さらさらっと描かれていたりして、思わずこの「はしがき」を思い出して苦笑いしてしまう。

 まあ、でも確かに、「てかげん」は絶対に必要無いと私も思う。 

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