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解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯

 ★★★★★★☆☆☆☆

  解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯

 ネット・サーフィン(もしかして死語?)をしていてこの本を知り、アマゾンで購入しようかどうか迷っていたところ、たまたま立ち寄った書店で見つけたので衝動買いした。

 帯には、「奇人まみれの英国でも群を抜いた奇人!」と書かれている。更に、このジョン・ハンターという人物は、近代外科医学の父と呼ばれ、『ドリトル先生』や『ジキル博士とハイド氏』のモデルとも言われているそうだ。

「以下引用」

 これらをすべて試しても生き返らない場合は、心臓に電気ショックをあたえる。「心臓をふたたび動かすのに唯一考えられる方法は、電気を使うことだろう」とハンターは提案した。かつてベンジャミン・フランクリンも、一見死んでいる人を生き返らせるのに電気が使えるかもしれないと推察していた。もっともフランクリン自身は、その仮説を実践で試したことはなかったという。しかし、ハンターは一七七四年に蘇生の成功例を記録している。三歳の少女が二階の窓から落ちたとき、電気ショック―おそらくライデン瓶を使ったのだろう―を胸にあたえると、生き返ったというのだ。これは、歴史に残る初の「除細動器」の使用だ。この成功が救急医療の常識となるまでには、およそ二世紀がかかった。ハンターは提案書の最後に、蘇生法を実施するときは二人で組になっておこなうようにと付け足した。そのうち一人は、そのときおこなった手順を正確に書きとめ、成功したかどうかを記しておかなければならない。蘇生法を向上させるには、実践のたびに再確認するのをくり返す以外に近道はないと彼は信じていた。

【『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』 ウェンディ・ムーア〈矢野真千子訳〉(2007年、河出書房新社)】

 本書を読めば判るが、ジョン・ハンターなる人物は確かに変人に違いない。
 しかし、唯の変人ではない。この人物、ダーウィンの『種の起源』より七十年も前に進化論を見出していたらしいし、弟子の中には、天然痘で有名なエドワード・ジェンナーもいる。

 ジョン・ハンターが生きた一八世紀半ばにおいて、医学的な治療法と言えば、体液の不均衡を正すために瀉血を行うか、毒を飲ませて嘔吐させるか、もしくは浣腸を施すだけだったそうだ。
 何の根拠もなく、それが正しいと信じられていたから繰り返すという、科学とはおよそかけ離れた態度である。

 しかし、ハンターは違った。

「以下引用」

 ハンターは当時確立されていたやり方をまずは疑ってかかり、より良い方法の仮説を立て、その仮説が正しいかどうかを詳細な観察と調査、実験をとおして確認した。

【『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』 ウェンディ・ムーア〈矢野真千子訳〉(2007年、河出書房新社)】

 変人さ加減も十分に伝わってくるし、迷信が支配していたような時代に科学的根拠に則って信念を貫き通す生き方にも尊敬を感じるのだが、ジョン・ハンターの生き生きとした感じがあまり伝わってこないような印象を受けた。

 説明的な文章が多くて「面白いのだがちょっと長過ぎる」と言うのが、私の正直な感想である。 

 

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