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ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記 ⑨

 すると、先ほどの殺戮者たちが、苦労しながら死体の山をかき分けてこちらにやって来るのが見えた。この番小屋の掃討と略奪がまだ不十分だったらしい。私は部屋の隅に隠れるようにして、死んだふりをした。殺戮者たちは入って来ると、そこに転がっているあらゆる死体を改めて徹底的に切り裂き、所持品をくまなく探り始めた。ふと、彼らがふうふうと喘いでいる声に混じって、ぜいぜいと喉を鳴らす声が聞こえてきた。伯父のエマニュエルだ。たった今背中を切りつけられたところだった。従弟のヴァランスが覆いかぶさっていたせいで、攻撃を避けることができなかったのだ。伯父が哀願しているのが聞こえてきた。

「銃で一息に殺してくれ、頼む。弾代は払うから!」

「いくら持ってるんだ?」殺戮者たちの一人が尋ねた。

「千フラン」

「弾代には足りねえな」

【『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』 レヴェリアン・ルラングァ/山田美明[訳](2006年、晋遊舎)】

 読めば読むほど腑が煮えくりかえる。殺戮に加わったフツ族の人間は、断じて人間ではない。この殺戮者たちには地獄すら生温い。

 伯父のエマニュエルがしたのは、生命を助けてくれという哀願ではない。苦しみが長引かないように、いっそひと思いに殺してくれという、絶望の中から絞り出したどうしようもない哀願だった。

 死ぬ寸前の最後の会話が悪魔たちとの救いのない惨めなもので、弾代に足りないというふざけた理由で哀願を拒絶された人物の、心の中に渦巻いたものは何だったのだろう。彼は何故、そのような、あまりにも無慈悲な体験をしなけばならなかったのだろうか。

 いくつもの疑問が頭の中を駆け巡るが、それが一体何になる。

 フツ族の殺戮者たちは、どうしてそこまで無慈悲に徹することが出来たのだろうか。どうしてこんな殺戮が行われたのだろうか。

 人間とは一体、どんな存在なのだろうか。

 こんな悪魔たちがのうのうと生きながらえているような無秩序な世界に、一体、どんな存在意義があるというのだろうか。

 私はこんな問いに囚われ、人間が生きていくことの意味を見失いかけそうになる。

 これこそが悪の恐ろしい罠なのだ。

 ジュノサイドの当事者ではない、遠く離れた異国の人間である私が、紙に印刷された書物を読むだけでこれだけの思いに囚われてしまうというのに、著者のレヴェリアン・ルラングァ氏は家族を殺され自らも重傷を負い、絶望の中でのたうち回った後、このような「正義の鉄槌の書」を著したのだ。

 なんという目映きばかりの勇気だろうか。

 私たちは本書を読む際、描かれている悲惨ばかりに意識を奪われてはならない。その残虐を書き記した、レヴェリアン・ルラングァという一人の青年の、地獄の底にあっても光り輝く正義の魂を感じるのだ。
 

ルワンダ大虐殺 〜世界で一番悲しい光景を見た青年の手記〜

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