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『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』

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 1997年、神戸市須磨区で、「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った中学生の犯人によって起こされた「連続児童殺傷事件」が世の中に与えた衝撃は大きかった。

 本書は、被害者の一人となってしまった十歳の少女、山下彩花ちゃんの母親、山下京子さんが、『彩花へ 「生きる力」をありがとう』に続いて著した魂の書である。

「以下引用」
 母親として、自分が産んだ子供を失ったことを、どう受けとめ、どう受け容れていけばいいのだろうか。

「死」とは何か、「生」とは何かという問題は、ものすごく大きな問題として、私の前に立ちふさがってきたのです。

 無意識のうちに、私は、私の周囲にある人や出来事と、自分との関係に思いを巡らせていたのかもしれません。あるいは、悲しんで悲しんで、行き着くところまで行き着いたがゆえに、新しい何かを創造しようとという気持ちになれたのかもしれません。

 私の心の中で、何かがゆっくりと変化し始めていました。

 彩花を亡くしてちょうど半年後、九月のある夜、自宅への道を歩いていた私は、誰かに呼び止められた気がして振り返りました。

 そこには美しい月が輝いていました。

 しばらく、魅入られたように月の光を見つめていたのですが、そこに娘の顔を発見したのです。

 娘は幸せそうに微笑んで、私を見ていました。

 私はあわてて自宅に走り帰り、夫を呼びました。

 二人で月を見つめました。夫にも、やがて彩花の顔が感じられたようでした。

 亡くなったときと同じように満面の笑みを浮かべた彩花の声が、たしかに私の心に届いたような気がしました。

「お母さん。もう悲しまなくても、憎まなくても、ええのよ」

 夫が夢中でシャッターを切りました。

 出来上がった写真は、どれも黒い空に小さな点が写っているだけでしたが、一枚だけが、金色に輝く胎児のような、不思議な光りを見せていたのです。

 私たち夫婦は、なぜか、彩花の生命が幸せに生死の旅を続けていると確信できたのでした。これを境に、加害者の少年に対しての気持ちにも変化が出てきました。

 もちろん、絶対に許せないという怒りは持っていますが、憎しみの度合いが減り、反対に、何としても人間として蘇生してもらいたいと思うようになったのです。

 のちに東さんは、私たち夫婦が、半ば無意識に娘や少年との縁起を思索していたからこそ、シンクロニシティ(共時性/意味のある偶然)として月の不思議な一件があったのでしょう、とおっしゃいました。

 たしかに月は月であり、私たちが彩花の顔を見たといっても、私たち夫婦にそう感じられただけに過ぎません。不思議な写真も、不思議は不思議なのですが、あくまでも月を撮ったのです。

 でも、その出来事で、私たちの抱えていたものが大きく質を変えたということに意味があるのです。

【『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』 山下京子〈やました・きょうこ〉(2002年、河出文庫)】

 夜空に浮かぶ月を見て、そこに愛する娘の顔を感じたという夫婦の悲しみが胸の奥を締めつけてくる。娘を追い求める強い気持ちが錯覚を起こさせたのでは無い。彩花ちゃんは本当に夫婦の視線の先にいたのだと私は思う。

 これはセンチメンタルに流されて言っているのでは無い。

 魂だとか、霊だとかの話でも無い。

 我々、現代社会の人間が、実はこれっぽっちも理解していないであろう、「生命」の話である。

「死」とは何か、「生」とは何かという問題は、ものすごく大きな問題として、私の前に立ちふさがってきたのです。 

 と、山口京子さんは書いているが、これは、どんな生死観を持つか、あるいは自分の中に構築していくのか、という意味なのでははいだろうか。

 私の持っている生死観は、まだ朧気でハッキリとしたものではない。ただ、死んだらそれで終わり、などという単純なものでは無いだろうという事は強く思う。

「お母さん。もう悲しまなくても、憎まなくても、ええのよ」 

 山下さんの彩花ちゃんを思う気持ちの大きさが、このメッセージを受け取ることを可能にさせたのだ。極限状態に追い込まれて研ぎ澄まされた感覚が、普段では考えられないような働きを発揮したのだ。

 月の不思議な写真に関しては、それを見た訳では無いので詳しいコメントは控えるが、決してミスプリントの類とは違うであろう、と山下さんの文章を読んできて私は思った。

 シンクロニシティーという現象がある事を私も信じている。

 これを境に、加害者の少年に対しての気持ちにも変化が出てきました。

 もちろん、絶対に許せないという怒りは持っていますが、憎しみの度合いが減り、反対に、何としても人間として蘇生してもらいたいと思うようになったのです。

 事件から僅か半年後に、これほどの変化を見せた山口さんの心境を、私は偉大だと思う。そして、そのことを文章に綴る勇気には本当に感嘆する。

 この本は、三部構成になっている。

 山口京子さんが綴ったパート、

『彩花へ 「生きる力」をありがとう』を読んだ全国の読者から寄せられた手紙を紹介したパート、

 事件後、山下さんと深く関わり合いを持つようになったジャーナリスト、東晋平氏の綴ったパートに分かれているのだ。

 どのパートもそれぞれに深い思いが込められていて、文章をゆっくりと噛み締めて読まざるを得ない。

 是非とも多くの方に読んで貰いたい。

 決して悲しいだけのものとは違う、温かさを含んだ涙が、読んだ者の頬に伝う事は必至である。  

彩花へ、ふたたび―あなたがいてくれるから (河出文庫)

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