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アフガン、たった一人の生還

マイキーは二〇〇五年の夏にアフガニスタン北東部の高山地帯で、おれと肩を並べて戦いながら死んだ。彼はおれが知る限り最も優秀な士官で、敵前で途方もない、ほとんど信じられないほどの勇気を示せる、強靱な精神をもつ戦士だった。
 その意見に間違いなく賛同してくれるであろう二人の人間はおれの仲間で、彼らもまたそこで戦い、命を落とした。それはダニーとアクス。二人のアメリカンヒーローである。戦場での勇気が美徳と見なされる戦闘部隊に高く屹立する二人の偉大な戦士。彼らの命は、シールの理念の中心部分の証明である。
「私はけっしてやめない。苦境を耐え抜き、それを糧にする。私の国が私に、敵より肉体的に強靱で、精神的により強くあることを求める。倒されたなら、毎回起き上がる。仲間を守り、使命を完遂するため、最後の一オンスまで力を出し切る。私はけっして戦いから逃げない」
 すでに言ったように、おれの名前はマーカスだ。おれはこの本を三人の仲間―マイキー、ダニー、アクスのために書いている。もしおれが書かなければ、この三人のアメリカ人が砲火の中で示した不撓不屈の勇気は、誰にも理解されずじまいになる。そうなれば、それこそが今回の悲劇の中でも最大の悲劇となる。

【『アフガン、たった一人の生還』 マーカス・ラトレル、パトリック・ロビンソン/高月園子(2009年、亜紀書房)】

  ★★★★★☆☆☆☆☆

 アメリカの特殊部隊・シールの一員として数々の戦場で軍事作戦に参加し、二〇〇六年にブッシュ大統領より、その英雄的戦闘行為に対して海軍十字章を授与されたマーカス・ラトレルが、小説家パトリック・ロビンソンと共同で著した一冊である。

 アメリカのテキサス州で生まれたマーカス・ラトレルの少年時代、軍隊に入隊するまでの経緯、シールの一員になるまでの地獄の訓練、実際に参加した軍事作戦の様子などについてが書かれている。

 危険な書であると私は思う。

  本書のある部分では、日本人で平和主義者の私でさえ、何か心をくすぐられるような感じを受けた。

 仲間に対する絶対的な信頼感、自分の信じた使命に命を懸けて立ち向かう姿勢、祖国を愛する誇り高さ、その部分部分だけを切り取ってみれば、非常にストイックでもあり魅力的に感じられる。
 軍人になること、戦争に参加すること、愛国心を持つということを、現代的な渇いた文体を駆使しながら、それが人間として気高い行為なのだという主張を、これでもかこれでもかと焚き付けるように訴えかけてくる。

 この一書によって、自分も将来軍隊に進もう、シールの一員になろうと短絡的に決意してしまうアメリカ人の少年が何人いるのだろうか。また、この書を読んで感銘を受けた父親が、自分の子供を軍隊に送り込むことを決意するといったケースもきっとあることだろう。

 人生経験を積んでいない幼い頃に、親や兄弟、周囲の環境から受ける影響は計り知れない。
 子供の頃に周囲の人間から受けた何気ない一言や、日常の些細に思える体験が、実は人格にさえ何らかの影響を及ぼしてしまうような、「特別な出来事」だったというものが、どんな人にも一つくらいはあるのではないだろうか。

 私にとってのそれは、ブルース・リーの映画との遭遇であり、空手という武道との出会いだった。これは、あまりにも悲しい上に非常につまらない物語であるため詳しくは書かない。
 

 私が人格を形成する幼き頃に出会ったものが娯楽映画ではなく、熱狂的で偏った愛国心を煽る「教育」や「書物」であったなら、と想像しただけで背筋に冷たいものが走る。
 自分の国を守るという幻想に取り憑かれ、敵国人であるだけで何の罪もない「人間たち」を殺害するという、途方もない罪を犯す人生を私が絶対に歩まなかったという保証はどこにもないのだから。

 戦友との間にどんなに固い友情を育もうとも、不屈の闘志を燃やして信じた道を前に突き進んだとしても、自分の国をどんなに愛そうとも、そこに戦争を肯定するような意思がたとえ一欠片でも紛れ込んだ場合、それは、踏み外した人道を誤魔化すための都合の良い脚色に成り下がる。

 断っておくが私は別にこの書物の著者、マーカス・ラトレルという人物の生き様を否定しているのではない。それどころかここに書かれているのは、賛美すべき生き様でさえあると私は思う。

 しかし、

 この世界には、正しい戦争などというものは絶対に存在しないのだ。

 この世界には、どんな理由があろうとも、奪ってもよい人間の生命などというものは絶対に存在しないのだ。

 たとえどんな人物のものであろうと、人間の生命を軽視した瞬間に、「正義」は完全に跡形もなく失われるのだ。

 この本を読む限り、著書であるマーカス・ラトレルは、自分の犯した罪の重大さにはまったく気が付いていないようだが、私は断言する。
 どんな教育を施されようとも、どんな環境で育てられようとも、どんなに生き様が讃えられようとも、人間の生命を奪ったという行為は絶対に許されない大罪である。

 読み終わった後、この本に出会ったのがある程度年齢がいってからのことで良かった、と胸を撫で下ろしたことを私は正直に告白しておく。
 それぐらい、この書に綴られている愛国心は、アメリカ合衆国を完全な正義だと規定した場合は非常に強力に魅力的である。そう、まるでハリウッド映画、ランボーのように。

 歪んだ愛国心の恐ろしさを知りたいという人にだけお勧めの一冊である。

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