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彩花へ「生きる力」をありがとう

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 これは、1997年、神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件の被害者となってしまった十歳の少女、山下彩花ちゃんの母親、山下京子さんが愛するわが子を殺害されるという、この世界で最もつらい経験を通して、絶望、生きる希望、生と死、生命などについて著した感動の書です。

 私は、平成10年に母親を五十歳の若さで亡くしており、また、医療の現場で働いていることからも、「生と死」の問題について自分なりに色々と考えてきました。

 そんなある日、たまたま立ち寄った書店で偶然手にした本書を購入した私は、声を上げて泣きながら読みました。まさに大号泣!

 本を読んで声を上げて泣いたなんて初めての経験でした。

 事件から一週間目に、著者は友人から新聞記事の切り抜きを渡されたそうです。その部分を少し引用します。

 ドイツの有名な文豪ヘッセの詩に、味わいの深い一節があります。
 それは、
 「人生を明るいと思う時も、暗いと思う時も、私はけっして人生をののしるまい」
 「日の輝きと暴風雨とは同じ空の違った表情に過ぎない。運命は、甘いものにせよ、に がいものにせよ、好ましい糧として役立てよう」―と。
 要するに、何があろうと、目先に紛動されず、焦らず、一切をわが生命の滋養としてゆく賢さをもつことであります。

 この切り抜きを読んだ著者は、こう書いています。

 魂に電流が走りました。
 どのような運命が巡り来ようとも、自分自身の財産に変えていけという文豪の言葉。何があろうと、紛動されてはいけない。焦ってはいけない。全部、自分の滋養にしてゆくんだ。厳しく、深い、魂を叩きのめすような、しかも、強く強く抱きしめてくれるような世界桂冠詩人の言葉でした。
 この言葉を目にしたとき、私の心が決まりました。
 もしかしたら、彩花はこのまま一生、眠り続けたままかも知れない。いや、亡くなってしまうかもしれない。もちろん、そんなことはあってほしくないが、そうなるなら、それを受け入れよう。私は負けない。これが自分の現実の人生なら、それを恨んだところで何も生まれない。立ち上がるしかない。

 この言葉だけが山下氏を立ち上がらせたのではないかも知れませんが、この言葉が大いなる支えになったことは間違いないでしょう。こんな、人生のどん底にいる人の魂に電流を流すような、深くて強い言葉を紡ぎ出せるような人間に私もなりたいです。

 職場などで落ち込んでいる人を励ますとき、私はいつも言葉の無力さを痛感させられていましたが、それは、言葉そのものが無力なのではなく、私が無力な言葉しか発せられないということなんですね。

 最後にA君へ、と山下氏は加害者である少年にメッセージを送っています。

「娘がされたことと同じことをしてやりたいという、どうしようもない怒りと悔しさと憎しみがあります」
 
 更に、自分が少年Aの母親であったならと仮定し、こんなメッセージも送っています。

「罪を罪と自覚し、心の底からわき出る悔恨と謝罪の思いがいっぱいにつまった、微塵のよどみもない澄み切った涙を、亡くなった二人の霊前で、苦しんだ被害者の方々の前で流すことこそ、本当の更正と信じます。それまで、共に苦しみ、共に闘おう。あなたは大切な息子なのだから。」
 
 この部分を読んだ私は思わず叫びました。

「なんてすごい人なんだ!」 

 山下氏が書いたのは、決して偽善的な言葉ではありません。自分の生命よりも大切な一人娘を惨殺された山下氏の心に、偽善などが忍び寄ることは不可能です。それはこの著書を最初から通して読めば歴然としています。
 
 私は涙を流しながら思いました。
 世の中には何て凄い人物がいるのだろう。自分の愛する娘を殺した犯人に向けて、何という慈悲の溢れるメッセージだろう。自分では、決して辿り着く事の出来ない境地に、この山下京子という著者は立っている。人間は、こんなにも強くなれるのだろうか。

 これは、自分の娘を残忍に殺されてしまうという悲惨な業を背負った山下氏が、自身の体験を通して、人間はどのような境遇であろうと、諦めない限り希望を見いだして立ち上がることができるのだという証明の書です。

 生と死、宿業、という途轍もなく難解な問題の、核心に迫るような本書を是非読んで欲しいです。

【『彩花へ 「生きる力」をありがとう』 山下京子〈やました・きょうこ〉(河出文庫、2002年)】

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