13日間で「名文」を書けるようになる方法 ⑳

 13日間で「名文」を書けるようになる方法

 本日は、高橋先生の13日目の講義。

『13日間で「名文」を書けるようになる方法』と題名にある通り、本来の講義は本日が最終日である。(補講という形でもう一日だけ講義は延長されている)

 終わらせてしまうのが残念に思える程、高橋先生の講義は素晴らしかった。この講義に実際に参加出来た大学生たちが本当に羨ましい。

「以下引用」

 わたしは、あなたたちに、おおいにとまどってほしかったのです。というか、「文章」をうまく書くようになるのとは正反対の方向へ、なにも書けなくなるとか、なにを書いたらいいのか、なんのために書いているのか、わからなくなるとか、そうなってほしかったのです。しかし、自分が書いているものをまじまじと見つめ、いったいどうしてこんなことを書いているのだろうと考えこむためには、僅か13回の講義では不可能だということも事実なのです。
 あなたたちの「文章」を読むことができて、わたしは、あなたたちに感謝しています。「文章」の中には、あなたたちがいます。あなたたちの「声」があります。うまくいかなかった場合でも、そうなのです。ならば、それで十分なのかもしれません。

【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』 高橋源一郎〈たかはし・げんいちろう〉(2009年、朝日新聞出版)】

 私は「名文」を書けるようになりたい。自分の書いた文章は、読んでくれる人にどのような印象を与えているのだろうか? 読みにくくないだろうか? 意味が伝わりにくくないだろうか?

 このブログなんかも実は何度も読み返しているのであるが、どうも自分の文章を客観的に判断出来ないでいる。
「文章とか何とか言う前に、内容をなんとかせい」と言われてしまうかも知れないが……。

 文章の中に現れてしまう「自分」と「声」を磨いていく事は、「名文を書く」よりも遙かに大切で難しい事であろうが、それはどんな人物にとっても一生のテーマであろう。

 高橋先生は、「おおいにとまどってほしかったのです」と述べているが、私は非常に楽しみながら講義を後追いした。それは実際に講義に参加した大学生たちも、きっと同じだった筈だ。

 残念であるが、次回はついに最終講義となってしまう。

 高橋先生からの最後の課題は、【「演説」の草稿を書く】である。
  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

13日間で「名文」を書けるようになる方法 ⑲

 13日間で「名文」を書けるようになる方法

 本日は12日目講義の課題、

【どこかで見つけた「言葉」の中から、「詩」であると感じたものを持ってきて説明すること】

 に対するレポートをアップする。

 わたしが非常に「詩」を感じたのは、親戚の子ども(長女)が小学校の一年生の時に書いた作文にである。初めて読んだ時は、もう、腹を抱えて笑い転げてしまい、しばらく身動きが取れなくなった。

 300字詰め原稿用紙に書かれているのだが、題名も無しでいきなり作文の本文から綴られている。

「以下引用」

 おかあさんはいつもさやにだきつけます。だからきもいです。
 おかあさんはさやのてをさわります。だからおかあさんのてがくさいです。おかあさんはあさおきるときくちがくさいです。だからいつもあさおきたらおかあさんのくちがくさいです。
 おかあさんはいつもあさおきたらかみのけがやまんばみたいでした。
 このまえおかあさんのあしのうらにぶつぶつがいっぱいできてました。おかあさんはあしのゆびにまぬきやをぬてっいるのできもちはるいです。きょうおかあさんがくしゃみをはくしょんとおおごえでさけびました。おかあさんはいつもへんなことをします。だからきもいです。おかあさんはおまたにひげがついてるかどぎもいです。

Dsc_0011_2


 説明しようとしたが、私には説明出来ない。

 ただ、私は、この作文を「詩」であると感じた。何度読み返しても、本当に素晴らしい詩だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

13日間で「名文」を書けるようになる方法 ⑱

  13日間で「名文」を書けるようになる方法

 講義12日目。

 本日の講義では3つの「演説」が紹介されている。

 一つめは、2004年民主党大会でバラク・オバマが行った「大いなる希望」と題された基調演説、

二つめは、世界で初めてゲイであることを公言して公的な役職、サンフランシスコの市政委員についたハーヴェイ・ミルクの行った「希望のスピーチ」と呼ばれた演説、

 三つめは、共産党の独裁政権に反抗して何度も投獄された後に、チェコスロバキアの大統領になった劇作家バーツラフ・ハベルが行った「チェコスロバキア社会主義共和国大統領年頭のあいさつ」と題された演説である。

 どの演説も非常に読み応えがある。

 これらの演説を、同じ時代に、同じ社会の中で実際に聞いた人間は、一体どれくらい心を動かされたことだろうか。

「以下引用」

 バラク・オバマが大統領に当選した後、ワシントンで就任式がありました。その時、司会をしたダイアン・ファインスタインは、ハーヴェイ・ミルクの同僚の市政委員で、30年前、彼が倒れた時、血にまみれた彼の亡骸を見つけ、それをマスコミに報告した人間でした。わたしには、それは偶然の一致には思えないのです。
 わたしが、バラク・オバマとハーヴェイ・ミルクの「演説」を、あなたたちに読んでもらったのは、そういう種類の「文章」もまた存在することを知ってもらいたかったという理由だけではありません。
「演説」は、「政治」のことばです。つまり、「公」のことばです。「公」のことばとは、個人的でない、という意味です。広がりを持ったことば、他人に繋がることを宿命づけられたことば、可能な限り遠くへ旅立つことがその仕事であるようなことば、です。
 しかし、面白いことに、バラク・オバマやハーヴェイ・ミルクの「演説」は、「公」のことばであるのに、きわめて個人的なことであるようにも見えるのです。あるいは、直接、耳もとで、囁かれているような気がするのです。それは、いったい、なぜなのでしょうか。
 わたしは、「演説」は、ひとりから複数へのことばであるといいました。しかし、それは、「わたし」から「あなたたち」へという意味ではありません。
 ハーヴェイ・ミルクのことばを借りるなら、「わたし」から「あなたも、あなたも、あなたも」へです。「あなたたち」などという人間はいません。「あなた」と「あなた」と「あなた」だけが存在するのです。そして、そのことを、彼らはよく知っていたのです。

【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』 高橋源一郎〈たかはし・げんいちろう〉(2009年、朝日新聞出版)】

 講義が素晴らしすぎて、何も綴る事が出来ない。

 よって、次回の課題だけを記しておくことにした。

 次の課題は、どこかで見つけた「言葉」の中から、「詩」であると感じたものを持ってきて説明すること。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

13日間で「名文」を書けるようになる方法 ⑰

 13日間で「名文」を書けるようになる方法

 ⑭⑮⑯に引き続き、講義11日目。

「以下引用」

 その人は、父が倒れ、叔父が倒れて、介護をしなければならないと知った時、苦しかったと述懐しています。しかし、さらに、弟も脳溢血で倒れ、急いで沖縄に飛んだ彼は、半身不随で意識もない弟を見た瞬間、「身体中から、かつてないものすごいエネルギーが湧いてきた」といいました。そして、すでに初老といってもいい年齢であったにもかかわらず、彼は介護をする生活に入るのです。

「介護とは」と彼は、わたしにいいました。

「要するに、その人間の『横』にいてやること、それだけなんだ。ぼくは、彼らの介護ができて、ほんとうに嬉しかった」

【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』 高橋源一郎〈たかはし・げんいちろう〉(2009年、朝日新聞出版)】

 詳しい事は判らないので想像するしかないが、意識を失った弟さんの姿を見た瞬間「その人」の中で「もう、現実に立ち向かって行くしかない」というようなある種、踏ん切りのようなものがついたのでは無いだろうか。

 悩んだり落ちこんだりしている場合ではない、と。

 腹を括った瞬間、意識や気持ちだけでは無く、「その人」は生き方そのものを激変させていたのだと私は思う。「かつてないものすごいエネルギー」は、外からやって来たものではなく、彼が自分自身の内部から引き出したものだ。

 やはり、「現実」を変えていくためのキーワードは、どのような時代・状況であろうとどこまでも「自分自身」なのだ。

 困難な状況に一歩も退くことなく立ち向かった「その人」は、やがて、「介護とは、その人間の『横』にいてやること、それだけなんだ」というスゴイ言葉を発せられる境地に到達した。

 本当に難しい言葉だが、「『横』にいる」、とは「一緒に同じ方向を向いて生きる」と言い換えられるのかも知れない。

「彼らの介護ができて、ほんとうに嬉しかった」

 環境に自己の主体性を明け渡さず、試練に立ち向かった「その人」の言葉に、私は感動を覚え、同時に嬉しさを感じた。  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

13日間で「名文」を書けるようになる方法 ⑯

 13日間で「名文」を書けるようになる方法

 ⑭⑮から引き続き、講義11日目。

「以下引用」

 先週、わたしが話したことを思い出してみてください。
 わたしは、息子が急性脳炎で倒れた時のことを話しました。わたしは、彼が眠っているベッドの傍らにいて、このル・グィンの文章のことをぼんやりと考えていました。
 わたしは、息子が病院に担ぎ込まれるまで、なんとなく、息子は「ふつう」に生きていくのだろう、と思っていました。この社会の中で「ふつう」に中学や高校を受験し、「ふつう」に塾に行き、「ふつう」にこの社会で競争して、大人になってゆくのだろう、と思っていました。
 しかし、医者から、「重度の障害の可能性」を告げられた後、四肢が麻痺し、意識が混濁したままの息子を見つめながら、かつて味わったことのない複雑な感情を抱いたのです。
 正直にいうなら、息子が「ふつう」に生きていくことができないかもしれない、と考えることは、恐ろしいことでした。わたしは、何度も、「ふつう」ではない生き方をする息子の将来を想像しました。そして、彼を待ち構えている未来について思いを馳せました。
 その彼の未来に、かつてぼんやりと思っていたよりも遙かに深く関与せざるをえなくなるであろう、わたし自身の未来についてもまた考えました。
 そして、いまでも不思議に思えるのですが、そこには、恐怖と共に、ある種の、いままで感じたことのない、大きな「喜び」のようなものも混じっていたのです。
 誤解をしないでください。わたしは、別に、悲劇の主人公になった気分で、そんな自分に酔っていたわけではありません。そして、もし、ほんとうに、息子が重度の障害を負い、その息子を支えてゆく生活がやって来た時、深い「喜び」を感じるどころか、厳しい現実に接して、意気消沈してゆくだけかもしれません。

【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』 高橋源一郎〈たかはし・げんいちろう〉(2009年、朝日新聞出版)】

 ドキュメンタリーをどんなに真剣になって読んだとしても、障害と共に生きるということの苦労がどういうものなのかを、私は肌身では実感することは出来ない。
 それが幸運なことなのか、本当はそうではないことなのか私には判らない。

 苦労した事、困難な出来事を乗り越えた事によって成長したり、幸福を感じたりしたという体験は誰にでもある筈だ。
 肉体的な障害によって生じる不便を乗り越え、普通の人間には実感する事の出来ない幸福をつかみ取ったという方々もきっと世の中には沢山いるだろう。
 人生の難局を乗り越えてそれを完全に征服した人物は、「難局」との遭遇にすら深い感謝を捧る事が出来る。

「健康が一番に決まっている」というのは、健康な肉体で生活を送っている者の驕りなのかも知れない。

 しかし私は、高橋先生の置かれた状況にもし自分が立たされたとしたら、と想像することすら怖くて出来ないでいる。私は傲慢で臆病な男だ。

 高橋先生が感じた、大きな「喜び」のようなものの主成分は、「不屈の闘志」と「ご子息に対する、どこまでも深い愛情」なのではないかと私は思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

13日間で「名文」を書けるようになる方法 ⑮

 13日間で「名文」を書けるようになる方法

 引き続き、講義11日目。

「以下引用」

 ところで、Fさん、タイトルが「左ききの卒業式祝辞」となっているのは、なぜ?

(たいていのものは、右ききの人たち用にできているから、少数派のための祝辞、ということですか?)

 そうです。けれど、重要なのは、そのことではなく、「右きき」の人びとは、自分たちが「右きき」であることに無関心だということです。もしかしたら、「右きき」であることに気づいてさえいないかもしれません。それが「多数派」であることの意味なのです。
 ところが、「左きき」の人びとは、自分が「左きき」であることに無関心ではいられません。なぜなら、この社会は、自分たちのためにはできていないことを知っているからです。だからといって、「左きき」の人びとは、「右きき」の人びとを無視したりはしません。彼らは「不自由」であることに、敏感なのです。

【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』 高橋源一郎〈たかはし・げんいちろう〉(2009年、朝日新聞出版)】

 自分が「右きき」であることを自覚し、「左きき」の人びとの不自由さを心で感じ取れるようになることを、きっと「成熟」というのだろう。
 そういった意味では「成熟」に必要なのは「優しさ」と「想像力」だ。

 自分が「左きき」であることを自覚し、「不自由」をありのままに受け入れて、そこにすら喜びや楽しみを見出せることを、きっと「しなやか」というのだ。
 人間として本当の意味で強くならなければ、「しなやか」に生きることは出来ない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

13日間で「名文」を書けるようになる方法 ⑭

 13日間で「名文」を書けるようになる方法

 講義十一日目。

 今回の講義は内容が非常に深くて濃いので、今後、数回に分けて咀嚼していきたい。

 深く、濃く、柔らかく。まるでマキシム・ゴールドブレンドのような講義である。

 それにしても、こんなに素晴らしい講義を、実際に受ける事が出来た大学生が途轍もなく羨ましい。

「以下引用」

 成功とは他の人の失敗を意味します。成功とは私たちが夢見つづけてきたアメリカン・ドリームです。我が国の三千万人を含む様々な地方の大半は貧困という恐るべき現実をしっかり見据えながら生活しているのですから。そう、私はみなさんに御成功を、とは申しません。成功についてお話をする気もありません。私は失敗についてお話したいのです。

 なぜならみなさんは人間である以上、失敗に直面することになるからです。みなさんは、失望、不正、裏切り、そして取り返しのつかない損失を体験することでしょう。自分は強いと思っていたのに実は弱いのだと気づくことがあるでしょう。所有することを目指して頑張ったのに、所有されてしまっている自分に気づくことでしょう。もうすでに経験済みのことと思いますが、みなさんは暗闇にたったひとりで怯えている自分を見出すことでしょう。

 私がみなさん、私の姉妹や娘たち、兄弟や息子たちすべての人々に望むことは、そこ、暗闇で生きていくことができますように、ということなのです。成功という私たちの合理的な文化が、追放の地、居住不可能な異国の地と呼び否定しているそんな土地で生きていくことを願っています。

【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』 高橋源一郎〈たかはし・げんいちろう〉(2009年、朝日新聞出版)】

 上に一部引用したのは、スタジオ・ジブリのアニメ作品『ゲド戦記』の原作者である、ル・グィンという人物が、ある女子大の卒業式で行った講演で、題名は「左ききの卒業式祝辞」となっている。

 高橋先生は「左ききの卒業式祝辞」の全文を学生に朗読させた。

 私はこの部分を読みながら、エリザベス・キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間―死とその過程について』の中で見つけたタゴールの詩を思い出していた。

「以下引用」

危険から守られることを祈るのではなく、
恐れることなく危険に立ち向かうような人間になれますように。

痛みが鎮まることを祈るのではなく、
痛みに打ち勝つ心を乞うような人間になれますように。

人生という戦場における盟友を求めるのではなく、
ひたすら自分の力を求めるような人間になれますように。

恐怖におののきながら救われることばかりを渇望するのではなく、
ただ自由を勝ち取るための忍耐を望むような人間になれますように。

成功のなかにのみ、あなたの慈愛を感じるような卑怯者ではなく、
自分が失敗したときに、あなたの手に握られていることを感じるような、そんな人間になれますように。

            ルビンドラナート・タゴール『果実採り』より

【『死ぬ瞬間―死とその過程について』 エリザベス・キューブラー・ロス〈鈴木晶 訳〉(2001年、中央公論新社)】

「私がみなさん、私の姉妹や娘たち、兄弟や息子たちすべての人々に望むことは、そこ、暗闇で生きていくことができますように、ということなのです。」

 という一文が引き金となって、私は脳裏にタゴールの詩を想起したのだと思う。

「左きき」とは言い換えれば「弱者」、「マイノリティ」である。

 私は断じて「マイノリティ」などという言葉とは無縁なんだ、といくら思い上がったとしても、いつかその自負は単なる幻想にしか過ぎなかったのだという事にやがては誰もが気がつくだろう。

 気がついても、それを認めるか、認めないかは、また別問題だ。

 どんな人間も、ある面では「マジョリティ」に属していたとしても、必ずどこかに「マイノリティ」としての側面を持っている。

 今回の講義を通して私は、上のタゴールの詩の一つの解釈を見つけた。

「マイノリティ」としての己を自覚した時、「それでも手の中に残って握られている、実は何よりも大切な『アイデンティティの源』にこそ慈愛を感じなさい」

 言うまでも無く、詩の解釈は自由だ。

 芸術は、深く、濃く、柔らかいのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

13日間で「名文」を書けるようになる方法 ⑬

 13日間で「名文」を書けるようになる方法

 十日目の講義で出された課題、『「靖国神社」の「英霊」たちに、「ことば」をしゃべらせてみること』を前に、私は立ち尽くしている。課題を達成するために本を読み、ドキュメンタリー番組や映画を観て勉強しているが、どうしても戦争で亡くなった人物のつもりになって考えることが出来ない。どうしても……。

 このままでは歩を進める事が出来ない。困った。私は、一日も早く名文を書けるようになりたいのだ。よって、強引に「課題」を飛び越える事にする。

 いつになるかは判らないが、自分の実力を養ってから「英霊」たちに、「ことば」をしゃべらせるという難問に立ち向かうつもりだ。

 今回は、「課題」を勝手に変更させて貰う事にする。

【変更課題】 明日、処刑される私が、子供たちに遺す言葉

【題名】 大切な子供たちへ

 明日、私は死ぬ。

 この世に生を受けて38年、三人の子どもを持てた事だけが私の誇りだ。お父さんの子どもとして生まれて来てくれて、どうもありがとう。

 父親らしい事をもっとしてやりたかった。ごめんな。どうか許してくれ。

 お父さんは、お前達が良い人間になって素晴らしい人生を生きる事だけを願う。素晴らしい人生がどういうものかは自分で決めろ。偉くならなくてもいいが、偉くなろうという向上心は忘れずに持ち続けて欲しい。優しい、人の心の判る人間になってくれ。お前達なら絶対になれる。お父さんは信じているぞ。

 明日、お父さんが死んでも、腐らず、真っ直ぐに生きていってくれ。世の中を、他のどんな人間も恨まないで欲しい。私は幸福だった。お前達と会えたから、最高に幸福になれたんだよ。悲しさで、生きる事の素晴らしさを見失わないでくれ。悲しさに打ちひしがれて自棄を起こし、お父さんの幸福を壊さないでくれ。お前達の幸福が、お父さんの幸福なんだ。

 お父さんがこの人生を素晴らしいと感じた以上に、お前達にも自分の人生を素晴らしいと感じて欲しい。お父さんと競争しよう。

 明日、私は死ななければならない。

 心残りはお前達の事だけだ。成長を見届けたかった。どんな大人になるのだろう。幸福になって欲しい。世のため、人のため、自分のために生きて欲しい。生きて生きて生き抜いて欲しい。

 愛しているぞ。

 お父さんは、どんな時もお前達の事を見守っているからな。

 愛しているぞ。

 負けずに生き抜いてくれ。

 愛しているぞ。  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

13日間で「名文」を書けるようになる方法 ⑫

  13日間で「名文」を書けるようになる方法

 本日は高橋先生の十日目の講義。

「以下引用」

 そして、「記憶」とは、なにより「ことば」なのです。つまり、「記憶」を失うということは「言葉」を失う、ということです。もちろん、映像としての「記憶」があることも、知っています。あるできごとの映像が、何年も、何十年も、鮮やかに「記憶」に焼きつけられることも、我々は知っています。しかし、わたしたちの行動の隅々にまで、「ことば」は浸透しています。それが、あまりに当然なので、わたしたちは、そこに「ことば」が存在していることにすら、気づきません。

【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』 高橋源一郎〈たかはし・げんいちろう〉(2009年、朝日新聞出版)】

 九日目の講義が休講になったのは、高橋先生のお子さんが急性脳炎になってしまったからだった。

 我が子の病気ほど苦しいものは無いと私は思う。自分が苦しむより、子供が苦しんでいる姿を見る方が遙かに辛い。高橋先生の語る言葉は、そんな重大な事件に直面している人のものとは思えないほどに優しくて穏やかだ。

 その優しさと穏やかさを支えている高橋先生の強さを、私は本物の「知性」だと感じた。小説家として、言葉との格闘を続けている中で高橋先生が培った「知性」は、大学生たちの心を鷲掴みにし、読者である私を講義の真っ直中へと引きずり込む。

 高橋先生の講義で、私は言葉を大切にするということの本当の意味を学んだような気がする。私たちは言葉で記憶し、言葉でコミュニケーションを図り、言葉で思考するのだ。私たちの発する言葉はそのまま人格を表し、また、私たちの発した言葉が人格を形作っていく。

 次の課題は、「靖国神社」の「英霊」たちに、「ことば」をしゃべらせてみること。

  

| | コメント (0) | トラックバック (1)

13日間で「名文」を書けるようになる方法 ⑪

 13日間で「名文」を書けるようになる方法

 以下は、九日目の課題
「もし、1日しか記憶がもたないとしたら、という仮定の下で、1日分の日記を書いてくること」
 に対する私のレポート。

【題名】 繰り返しの毎日

 今日は久しぶりの休みだったが、どこにも出かけずにのんびりと家で過ごした。何だか今日一日、時々、妻が寂しそうな、疲れているような顔をしている気がした。
 夕食を終えた後、リハビリのために日記を書くように妻から言われ、四百字詰めの原稿用紙を渡された。

 リハビリ? 意味が分からなかった私は、妻を問いただした。

 妻は、私の質問に困ったような顔を見せたが、やがて深呼吸をした後、決心したように真剣な表情で話し始めた。

 妻が言うには、私は特殊な記憶障害に陥っているらしい。
 私はその話を聞き、妻を怒鳴りつけた。言っていい冗談と悪い冗談がある。
 私が怒っていると、妻は泣きながら、脳神経科の医師が記載したという書類を差し出してきた。妻の表情から、それが冗談で無い事を悟った私は、冷静さを幾分か取り戻しながら医師が書いた文章を読んだ。

 どうやら、私の脳は、原因不明の病に冒されているようだ。ある種の長期記憶は保たれているのだが、短期記憶に関しては、朝、起床してから夜、眠るまでの間の出来事しか覚えていられないとの事だ。

 信じられない。

 障害をきたしているのは短期記憶のみなのだから、私は自分が以前と何ら変わっていないようにしか思えないのだ。
 しかし、私は素直に、妻の言葉に従って、リハビリのために日記を書くことにした。事実を知った私は、懸命のリハビリをしていく決意だった。
 ここまで書き、言葉に詰まった私は、「仕事はどうしてるんだ?」と妻に尋ねてみることに決めた。一旦、ペンを置くことにする。

                        ★

「ところで、仕事はどうしてるんだ?」

「仕事は退職したの。だから、昨日も、今日も、明日も仕事はお休みなの」

 震える妻の声に、私は真実を一切理解した。私は、自分の理解が間違っていないことを確かめるために妻に言った。

「オレが今までに、リハビリのために書いた日記を持ってきてくれないか?」

 妻は涙を流して私を見た。私は静かに頷いた。

 妻は、机から取り出した原稿用紙の束を、私に恐る恐る差し出す。

 私は激しい動悸を感じながら原稿用紙をめくった。

 その全ての原稿用紙に、私の汚い文字で、一字一句違わぬ全く同じ内容の文章が綴られていたのだった。

『今日は久しぶりの休みだったが、どこにも出かけずにのんびりと……。

                                           以上

 以上が私の書いたレポートである。感想があれば、コメントお待ちしてます。

【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』 高橋源一郎〈たかはし・げんいちろう〉(2009年、朝日新聞出版)】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

映画レビュー インデックス(随時更新) 書籍レビューインデックス ルワンダ大虐殺 夜と霧 ニーチェの言葉 鬼平犯科帳 13日間で「名文」を書けるようになる方法 それでも人生にイエスと言う アクション映画 アニメ映画 アラフォーのオッサン看護師がドラッガーの『マネジメント』を読んだら イギリス映画 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち 奇跡の教室 グルメ・クッキング ゲーテ コミック コメディ映画 ゴリマッチョに至るまでの経過 サスペンス映画 サントリーミュージアム スポーツ スリラー タイ映画 ドキュメンタリー映画 ニュース ノンジャンル・ゲロゲロ日記 ハーバードの人生を変える授業 ハーバード白熱教室 フランス映画 ロシア映画 仕事の事 伝言 傑作映画 傑作本 傑作漫画 動画 心と体 心に響く言葉 怒りについて 恋愛映画 挫折映画 挫折本 携帯・デジカメ 文化・芸術 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映画 書籍 エッセイ 書籍 ノンフィクション 書籍 フィクション 書籍 ミステリー 書籍 対談集 書籍 小説 書籍 教育 書籍 新書 書籍 映画原作 書籍 箴言集 書籍 SF 書籍・雑誌 東日本大震災 殴り書き 海外ドラマ 漫才 漫画 空手 筋力トレーニングの記録 経済・政治・国際 芸能・アイドル 覚え書き 言語表現法講義 論語 革命 韓国映画 音楽 香港映画 SF映画